萱尾神社 (京都市伏見区) 
Kayao-jinja Shrine
萱尾神社 萱尾神社
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本殿



本殿



本殿



本殿



若宮社、若宮大神



柳社、柳大神



田中社、田中大神



稲荷社、稲荷大神
 法界寺の北東に萱尾神社(かやお-じんじゃ)はある。かつて法界寺の鎮守社として祀られたともいう。(『雍州府志』) 
 祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命)。
◆歴史年表 創建の詳細は不明。
 飛鳥時代、655年、政治家・中臣(藤原)鎌足により社殿が造営されたともいう。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失した。
 江戸時代、1652年/1650年、再興された。現在の本殿が建立される。(『宇治郡名勝誌』)。以後、法界寺の鎮守社、日野村の産土神として崇敬を集めた。
 現代、1985年、本殿は京都市指定有形文化財に指定された。
◆藤原鎌足 飛鳥時代の中央豪族・政治家・藤原(中臣)鎌足(ふじわら-の-かまたり、614-669)。大和国(奈良県)生まれ。父は中臣御食子、母は大伴智仙娘。妻は鏡王女。南淵請安の塾で儒教を学び、蘇我入鹿とともに秀才とされた。644年、祭官に就くことを固辞し、 摂津国三島の別邸に退く。645年、中大兄皇子(後の第38代・天智天皇)・石川麻呂らと協力し、飛鳥板蓋宮で蘇我入鹿を暗殺し、入鹿の父・蝦夷も自殺に追う。(乙巳の変)。この功により内臣に任じられる。646年、大化の改新を進めた中大兄皇子の側近として、左大臣・阿部倉梯麻呂、右大臣・蘇我倉山田石川麻呂らと対立した。647年、新冠位制度で大錦冠を授与された。649年、梯麻呂・石川麻呂の逝去・失脚後は勢力拡大し、654年頃、大紫冠に昇格した。669年、天智天皇より大織冠を授けられ、内大臣に任じられる。藤原の姓を贈られ、翌日に亡くなる。
 最大氏族の藤原氏の始祖とされる。邸宅は「山科の陶原館(すえはらのやかた)」ともいわれている。56歳。
◆建築 現在の本殿は、大型の一間社流造になる。江戸時代、1652年に、法界寺坊中、在所年寄、近在の氏子などにより再建され、その後も修理が繰り返されている。
 軸部は丹塗り、柱上部・蟇股などは極彩色、板壁・軒裏は胡粉塗になっている。彩色装飾は、醍醐清滝宮本殿(重文)に通底するという。1985年に京都市指定有形文化財に指定された。
◆燈籠 本殿正面に、キリシタン灯籠という一基が立つ。「マリア観音」とも伝えられ、丸く膨らんだ十字の下に立像が彫られている。
◆末社 若宮社の祭神は若宮大神、柳社は柳大神、田中社は田中大神、稲荷社は稲荷大神を祀る。
◆年間行事 元旦祭(1月)、とんど(1月)、春季千度祭(4月)、八朔祭(8月)、大祭(11月)、お火焚祭(12月)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都・山城寺院神社大事典』、『京都市の地名』 、ウェブサイト「コトバンク」   


関連・周辺法界寺  関連  周辺    

キリシタン灯籠

キリシタン灯籠、棹の部分の「マリア観音」
萱尾神社 〒601-1412 京都市伏見区日野畑出町3  
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