木野愛宕神社 (京都市左京区) 
Kino-atago-jinja Shrine
木野愛宕神社  木野愛宕神社
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中央に愛宕御本社。右は奥宮太郎坊、野々宮社。



 洛北木野はかつて「土器づくりの里」と呼ばれた。木野愛宕神社(きの あたご じんじゃ)は、防火の神として信仰を集める愛宕神社の一つになる。
 祭神は、 愛宕御本社、奥宮太郎坊、野々宮社・皇太神宮を祀る。
 摂社、末社に稲荷社、小稲荷社、八幡社がある。
 火除けの信仰がある。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 太古、嵯峨の野々宮神社付近に暮らしていた祖先は、素焼きしていたという。だが、良質の土が不足したため、木野の地に移り、この地で土器を焼いたともいう。
◆窯 江戸時代-昭和期(1926-1989)末に、木野では土器作りをしていた。素焼きの小皿であり、「土師器皿(かわらけ)」と呼ばれた。土器は「カチンカゴ」に入れて京都に売り歩いた。禁裏、神社などの神饌道具として用いられていた。 
 考古学者・浜田耕作(青陵、1881-1938)、考古学者・島田貞彦(1889-1946)らが土器作りに関心を持った 。女性が粘土を肘を使って手捏(てづく)ねにより成形し、窯で焼成していた。「ミゴロ(水桶)」、「ウツゲ(木板)」、「ホヘ(麻布)」などの簡単な道具を用いた。
 境内には焼成に使う円筒形の窯(高さ1m、直径1.5m)が復元されている。
◆年間行事 祭礼(10月23日)では、神事に続いて、16歳になった少年たちの元服式、烏帽子着(えぼしぎ)が行われる。少年は裃の正装で、宮座の杯事(さかずきこと)の響応を行う。答礼に、祝いの謡曲が披露される。
 編んだ藁で赤飯を包んだ「ゆり膳」、柿、栗、鶏頭、菊などで盛られた「花膳」、季節の野菜を盛られた「一の膳」、「二の膳」など31ものお供えが並ぶ。


*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『日本の古代遺跡28 京都Ⅱ』『京都の歴史を足元からさぐる 洛北・上京・山科の巻』


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復元された土器を焼いた窯跡

隣接する京都精華大学のあるゼミが管理している竹林
木野愛宕神社 〒606-0016 京都市左京区岩倉木野町 
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