長坂口 (京都市北区)
Nagasakaguchi
長坂口 長坂口 
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御土居

御土居遺構


長坂口付近の町屋
 古道の長坂口(ながさかぐち)とは、鷹峯から長坂を経て杉坂に至る丹波街道の登り口付近をいう。京都の七口の一つであり、古くより関所が設けられた。 
◆歴史年表 鎌倉時代、1333年、内蔵寮の率分関(りつぶんせき/そつぶんせき)が置かれた。関所はそれ以前よりあったとみられている。(『内蔵寮目録』)
 1355年、主殿寮領の小野山内に率分関が置かれた。(「主殿寮領諸領綸旨院宣符案」)
 室町時代、1406年以前、関所が復活しており、この頃には内蔵寮の山科家が管理していた。(『教言卿記』)
 近世(安土・桃山時代-江戸時代)、長坂口とは蓮台野村付近を表していた。(「京都御役所向大概覚書」)
◆率分関 率分関は、鎌倉時代以後、官司が設置し運営した関所をいう。平安時代の朝廷、官司の財収源になっていた率分、率分堂(率分所)の代替として成立したとみられている。
 少なくとも徳治年間(1306-1308)には存在し、官司の内蔵寮(くらりょう、律令制で中務省に属した)、内膳司、御厨子所、内侍所、主殿寮(しゅでんりょう/とのもりのつかさ、律令制下の宮内省に属した)などに所属した。長官を務めた公家の収入源になり、官司の経費が支出されていた。
 京都の七口関にも率分関が設置されていた。安土・桃山時代、豊臣政権の下で廃された。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都市の地名』


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【参照】古道「長坂峠」
 長坂口 京都市北区鷹峯 

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