霊光殿天満宮 (京都市上京区)
 Reikoden-temmangu Shrine
霊光殿天満宮 霊光殿天満宮 
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扁額「天下無敵必勝利運」


「村社 霊光殿天満宮」の社号石標




 霊光殿天満宮(れいこうでん てんまんぐう)は、「必勝天満宮」とも呼ばれ、武運の信仰を集めた。
 祭神は、天満天神(菅原道真)、徳川家康を祀る。御霊社。文道の神として崇敬された。
 天満宮霊地十カ所の一つ。 
◆歴史年表 平安時代、1018年、寛仁年間(1017-1021)とも、菅原道真の子孫、6代目の菅原義郷(定義とも)が、勅命により建立したという。当初は、道真が901年の左遷途中に立ち寄ったという河内国若江郡に建てられた。社名は、太宰府左遷の途中で、天から一条の光とともに、天一神・帝釈天が降臨したとの伝承による。第68代・後一条天皇により勅額「霊光殿」、神領3カ庄を贈られる。以来、若江家が祠官になり奉祀した。
 鎌倉時代、蒙古襲来(1274、1281)の際に、第91代・後宇多天皇が当社で祈祷を行う。神風によりモンゴルの来襲(元寇)船が沈んだとして、「天下無敵必勝利運」の額を贈ったという。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)の際に社領を失い、ご神体は東寺観智院(南区)に遷された。若江家が代々祠官として奉仕し、乱後に絶えた。
 室町時代(戦国時代)、1570年、徳川家康は、天下太平の祈願をしている。
 江戸時代、1616年、家康は、若江家の再興に尽力する。
 1634年、若江家(上京区塔之段薮ノ下町)に社殿が移される。
 1636年、家光が仙洞御所の家康像を当社に遷し、合祀した。 
 1761年、社殿は現在地に移される。
 近代、1872年、近衛家の旧鎮守社を移築し現在の社殿とした。
◆建築 拝殿、本殿、末社、神庫などが建つ。
◆樹木 オガタマノキがある。
◆年間行事 例祭(11月25日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『昭和京都名所図会 5 洛中』『京都 神社と寺院の森』


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手水舎

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霊光殿天満宮 〒602-0932 京都市上京区徳大寺殿町365,新町通今出川下ル 
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