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| 京都瓦斯発祥の地・ガス街灯 (京都市中京区) Birthplace of Kyoto Gas |
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| 京都瓦斯発祥の地・ガス街灯 | 京都瓦斯発祥の地・ガス街灯 |
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![]() ![]() ![]() 「姉小路界隈町式目制定記念」の金属プレート ![]() アーバネックス三条 ![]() 「姉小路界隈町式目(平成版)」の駒札 ![]() 「姉小路界隈地区建築協定区域」の説明板 ![]() 周辺の町家建築 ![]() 周辺の町家建築 ![]() 【参照】「姉菊屋町」の町名 ![]() 【参照】「姉小路通富小路(菊屋町)」の地名板 ![]() 【参照】「油屋町」の町名 |
姉小路通柳馬場東入ルには、終日燃え続けるガス街灯が設置されている。京都市内唯一のガス街灯という。 姉小路界隈は、京都のガス事業発祥の地であり、かつて京都瓦斯(後に大阪ガス)の本社が置かれた。 小さな金属プレートの表示がある。「姉小路界隈町式目制定記念(建築協定) この地の南 京都瓦斯発祥の地 2002年8月27日」と記されている。ガス街灯には、「平成の町衆のまちづくりの取組を後世に伝える」との思いが込められ、周辺住民での様々な取り組の象徴になっている。 ◆歴史年表 近代、1909年、「京都瓦斯」(中京区油屋町90)が設立された。 1928年、京都瓦斯の上京都工場(下京区中堂寺粟田町)が設置された。 1945年、戦時企業整備にともない、京都瓦斯は大阪瓦斯に吸収合併された。 現代、1995年、10月、住民による「姉小路界隈を考える会」が設立された。 1999年、4月、「姉小路界隈町式目(平成版)」が策定される。 2002年、8月、大阪ガス跡地(旧京都瓦斯本社地、中京区油屋町90)に集合住宅「アーバネックス三条」が竣工する。 現在地(中京区菊屋町)にガス街灯が設置された。 ◆ガス灯 ガス街灯は、京都瓦斯(後の大阪ガス)の跡地に近い姉小路通柳馬場東入ル(中京区菊屋町568)に立てられている。現代、2002年8月24日夕にガス街灯の点灯式が催されている。ガス街灯は住民有志の寄付金により設置された。 2002年に現在地の30mほど南西にあった京都瓦斯本社の実際の跡地(中京区油屋町90)に、集合住宅「アーバネックス三条」が竣工した。住民と業者間での建築協定の締結と住民による「姉小路界隈町式目」策定を記念して立てられた。 京都のガス事業の発祥の地である姉小路界隈地区で「京都のまちづくりの希望の灯り」の意味が込められている。旧京都瓦斯のガス街灯が復元・設置されたという。 照明デザイナー・内原智史(1958-)がデザインした。周辺の町の人々の思いを「和蝋燭(わろうそく)」のイメージで表現した。鉄柱の上部に透明ガラス筒が付けられ、その中でガスの炎が昼夜燃え続けている。和蝋燭は温かなオレンジ色の揺らぐ炎が特徴になっており、ガス街灯は赤色の炎が灯し続けられている。明るさは家庭用蛍光灯1本分ほどという。 鉄製、高さ3m。 ◆京都瓦斯 京都では近代、1874年-1875年頃にガス街灯が灯されたという。 その後、1909年に「京都瓦斯」(中京区油屋町90)が設立され、その地に本社があった。島原工場(下京区中堂寺坊城町)も設置されている。当初は主に灯火用のガスを供給していた。 1908年にはタングステン電球が発明されており、ガスは次第に照明用から燃料用に転換し、会社も家庭炊事用の需要拡大を行った。1914年-1918年の第一次世界大戦後は業績も好転し、供給地域も拡大した。1928年には上京都工場(下京区中堂寺粟田町)が置かれている。その後、戦時中まで京都市内の家庭・工場用に都市ガスを供給した。 戦時下の1945年7月に、戦時企業整備により京都瓦斯は大阪瓦斯(現・大阪ガス)に吸収合併された。この時、近畿一円のガス会社が統合されている。これは、1942年の「国家総動員法」にもとづく「企業整備令」により、中小企業の整理統合・下請企業化が推進された国策だった。 戦後、旧京都瓦斯本社(中京区油屋町90)の地は大阪ガス中京出張所になった。 ◆姉小路界隈町式目 ◈ 現代、1995年7月に、大阪ガス(京都瓦斯の後身)本社跡地(現在地の南西30m、中京区油屋町90)に大阪ガスのグループ企業による大型マンション「アーバネックス三条」の建設計画が発表された。 住民による反対運動が起きた。京都の古い街並みが残る地域にふさわしくないとするものだった。町並み保存の観点から 同年10月には、「姉小路界隈を考える会」が設立された。姉小路通を中心に、北は御池通、南は三条通、東西は河原町通と烏丸通間の住民が参加した。翌1996年に事業者側の計画は白紙撤回されている。 1999年4月に、建築協定として「姉小路界隈町式目(平成版)」が策定される。「式目(しきもく)」とは、中世(鎌倉時代-室町時代)に、法規を箇条書にしたものであり、また、ある集団・行事においての守るべき決まり事、衆議により決定された規則をいう。「姉小路界隈町式目」は、江戸時代の町衆の「町式目(自治規制)」を基本理念としていた。「住みよい、安心して暮らせる環境づくり」の具体化に向けた6項目が策定された。 さらに、同年11月には、住民・事業者・学識経験者・専門家・第三者機関などで構成された「地域共生の土地利用検討会」が発足した。会では、旧来の当事者による「利害の調整」を越えて、新たな「価値の共有」が求められた。以後、前例のないまちづくりが進められた。 住民と事業者・行政機関などとの度重なる協議の結果、当初計画は修正された。高さ・容積を縮小し、外観も周辺地域の景観に考慮するなどの変更点が加えられた。2002年8月に、跡地にアーバネックス三条が竣工する。 なお、2002年7月には、建物の用途・高さ制限する「姉小路界隈地区建築協定」(2ha)が締結されている。2003年1月にはNPO法人「都心界隈まちづくりネット」が設立され、対象範囲・取組を広げた活動を展開した。2004度には京都府下で初めての町並み環境整備事業により、京町家再生の事業にも取組んだ。2013年には、バー・カラオケボックスなどを禁止した都市計画「姉小路界わい地区地区計画」が市会で議決されている。 そのほか、路側帯拡幅、街頭の電球色への変換、姉小路通電線地中化の京都市への要望、風俗店などの進出防止の条例化など様々な問題に先駆的に取り組んだ。2015年には「姉小路界隈地域景観づくり協議会」の事務局が開設され、その後も対象範囲の拡大とともに活動内容の更新が続けられている。 この姉小路地域住民自身による先進的な取組は、京都市の行政政策だけではなく、全国の都市政策にも大きな影響を与えたといわれている。 ◈「姉小路界隈町式目(平成版)」は次のように定められている。 1. 姉小路界隈が大切に育んできた「居住」と「なりわい」と「文化性」のバランス、そのバランスの維持を意識しながら発展するよう、地域の人が協力してまちを支えましょう。 2.姉小路界隈は住み続け、なりわいを表出するまちとして、その界隈性を守り育む「人」や「なりわい」を受け入れ、支えましょう。 3.姉小路界隈は、なりわいの活気と住むことの静けさが共存する、落ち着いた風情のまちです。この環境や風情を大切に、その維持に努めましょう。 4..生活やなりわいの身丈に合った、姉小路界隈の低中層の町並みを維持しましょう。 5..姉小路界隈は、まちへの気遣いと配慮を共有したまちです。周囲(まち)との調和を了解しながら、それぞれの個性を表現していきましょう。 6.姉小路界隈の通りは、地域の人に「もてなしの心」を表現する場として認識され親しまれてきました。その思いを継承し、より心楽しい美しい通りになるよう努めましょう。 ◆アーバネックス三条 集合住宅「アーバネックス三条」(中京区油屋町90)は、現代、2001年10月に着工し、2002年8月末に竣工した。9月より入居が開始された。 旧京都瓦斯(大阪ガス)本社跡地の再利用に際し、事業主・地元・(財)京都市景観まちづくりセンタ ーなどで構成された「地域共生の土地利用検討会」による協議結果を踏まえている。検討会でまとまった土地利用基本計画をもとに設計が実施され、建築後の地域交流も視野に入れた都市型貨貸住宅が目指された。 建物は単なる町家の模倣ではなく、坪庭・路地などの隙間・奥行きがある構造の立体化であり、周辺の町並みとの連続性の保持とともに、その高度利用も実現させている。 設計は現代計画研究所・京都大学高田研究室、共同住宅SRC造・一部型枠CB造、地上8階(住戸45戸、店舗1戸)、延床面積4,167.48㎡。 2003年にアーバネックス三条は日本都市計画学会関西支部・関西まちづくり賞を受賞している。 ◆年間行事 姉小路行灯会(富小路-柳馬場)(8月下旬)。 ❊年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。 ❊年間行事は中止、日時・場所・内容変更の場合があります。 ❊参考文献・資料 『京都大事典』、ウェブサイト「姉小路界隈を考える会」、ウェブサイト「歴史と街づくり活動の経緯-住宅生産振興財団」、「京都新聞2002年8月23日」、ウェブサイト「姉小路界隈を考える会-ハウジングアンドコミュニティ財団」、ウェブサイト「日本都市計画学会関西支部」、ウェブサイト「現代計画研究所」、ウェブサイト「コトバンク」 |
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