平安宮 内裏 蘭林坊跡 (京都市上京区)  
Ruins of Heiankyu-Dairi-Ranrimbo(Government office)
平安宮 内裏 蘭林坊跡 平安宮 内裏 蘭林坊跡
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平安宮内裏蘭林坊跡


「聚楽城武家地 豊臣秀勝邸跡伝承地」

「聚楽第図屏風」、「聚楽城武家地 豊臣秀勝邸跡伝承地」の説明板より
 土屋町通出水上ル東側に、平安宮 内裏 蘭林坊跡(へいあんきゅう-だいり-らんりんぼう-あと)」の石標が立つ。
 西面には「聚楽城武家地(じゅらくじょう-ぶけち) 豊臣秀勝邸跡伝承地(とよとみ-ひでかつ-ていあと-でんしょうち)と刻まれている。
◆歴史年表 詳細不明。
 平安時代、この地に平安宮内裏蘭林坊が置かれたという。
 934年頃、蘭林坊について記されている。(『二十巻本和名抄』)
 その後、火災などにより内裏は別の場所に営まれ、この地は荒野になり「内野」と呼ばれた。
 安土・桃山時代、1587年、聚楽第の築造以後、周囲には全国の大名の屋敷が建てられたという。
 現代、2011年、9月、特定非営利活動法人「京都歴史地理同考会」により石標、説明板が設置された。
◆蘭林坊 この地は、平安宮 内裏 蘭林坊跡という。詳細は不明。解説板によると『内裏図』(陽明文庫蔵)、1974年の平安博物館発掘調査の東南隅築地に関わる溝の痕跡によるという。
 蘭林坊は、平安京内裏の北西部、朔平門と式乾門の間にあった。宮中の御物、御書などを納めた。内には御書所・絵所が置かれた。(『二十巻本和名抄』、平安時代、934年頃)
◆ほかの史跡 この地は、聚楽城武家地の豊臣秀勝邸跡伝承地ともいう。豊臣秀勝(?-1586)は、織田信長の4男であり、秀吉の養子になった。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 「特定非営利活動法人京都歴史地理同考会」の説明板、ウェブサイト「京都のいしぶみデータベース-京都市」、ウェブサイト「コトバンク」


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map 平安宮内裏蘭林坊跡・聚楽城武家地豊臣秀勝邸跡伝承地 〒602-8168 京都市上京区弁天町309-5,土屋町通出水上ル東側
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