水戸藩邸京屋敷跡 (京都市上京区)  
The ruins of residence of Mito Domain
水戸藩邸京屋敷跡 水戸藩邸京屋敷跡
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「水戸藩邸跡」の石標
 烏丸通下長者町西入北側には、江戸時代に水戸藩邸京屋敷が置かれていた。現在は、「水戸藩邸跡」の石標のみが立てられている。
◆歴史年表 江戸時代中期、水戸藩邸京屋敷が置かれた。
 1646年、水戸藩2代藩主・徳川光圀は学者を京都に派遣し、『大日本史』のために古書収集を始めている。
 1686年、現在地に藩邸が記されている。(「旧藩々上邸箇所」)
 近代、明治期(1868-1912)初め、水戸藩邸が廃止された。当時の敷地は1302坪(4300㎡)あった。
◆佐々宗淳 江戸時代前期の歴史家・史学者・佐々宗淳(ささ そうじゅん、1698-1640)。備前生まれ、大和宇陀生まれともいう。15歳で京都・妙心寺の僧になった。その後、還俗する。1674年、水戸藩主・徳川光圀の招きにより彰考館に入る。『大日本史』編纂の史料調査収集のために全国をめぐり、京都、奈良などにも派遣される。1688年、彰考館の総裁になる。
 光圀の命で古墳発掘、古碑保存なども行う。著に『南行雑録』など。『水戸黄門漫遊記』の助さんのモデルとされる。
 墓は正宗寺(茨城県)にある。
◆水戸藩・大日本史 水戸藩は、江戸時代に常陸国 (茨城県) 茨城郡水戸地方を領有した。徳川家康の 11男・頼房(1603-1661)を初代藩主にする。徳川親藩であり、尾張、紀伊とともに御三家の一つに数えられた。
 2代藩主・徳川光圀(1628-1701)の時、光圀の命により歴史書『大日本史(だいにほんし)』の編纂事業が始まる。資料収集のために、全国に学者が派遣された。京都にも多くの学者が派遣され、水戸藩邸京屋敷が拠点になった。借用資料の筆写も、藩邸内で行なわれていた。
 1657 年に、水戸藩は江戸駒込の藩邸に史局を設け、『大日本史』の編纂が始まる。1672年に史局は小石川・上屋敷に移され、彰考館と名付けられた。1701年の光圀の死後も事業は継続される。1720 年に、本紀73巻、列伝170巻が江戸幕府に献上された。その後、一時中断し、寛政年間 (1889-1801)に事業は再興される。1810 年には、成稿本が朝廷に献上された。1829年に、彰考館は水戸に一本化された。
 近代、1906年になり、250年の歳月を経て『大日本史』は完成を見た。本紀73巻、列伝170巻、志126巻、表28巻の4部構成であり、397巻226冊(別に目録5巻)になった。
 初代・神武天皇(BC711-BC585)から北朝第6代・歴代第100代・後小松天皇(1377-1433)までの通史を、漢文紀伝体で記述した。執筆に関わった学者としては、前期に佐々宗淳のほか、儒学者の栗山潜鋒(せんぽう、1671-1706)、三宅観瀾(1674-1718)、安積澹泊(あさか たんぱく、1656-1738)らがいる。後期では藤田幽谷(1774-1826)、藤田東湖(1806-1855)、会沢正志斎(1782-1863)らも加わった。最大時には60人が携わった。
 史料収集、史籍校訂、考証にも優れていた。編纂方針の特徴として、1.神功皇后(169-269)を皇位から除いた。2.大友皇子(648-672)を第39代・弘文天皇として皇位に加えた。3.従来の常識を破り、南朝を正統にしたの3点になる。
 『大日本史』編纂過程で、独得学風「水戸学」が生まれた。朱子学に、神道、国学、史学なども取入れ、権力の正統性を究めた。その大義名分論史観(主従関係での君臣の支配服従関係を絶対化する思想)は、以後の尊王思想にも影響を及ぼした。なお幕末に、水戸藩は尊王攘夷、佐幕とに分れている。


*原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 「京都市の駒札」、『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 水戸藩邸京屋敷跡 〒602-8002 京都市上京区鷹司町,烏丸通下長者町西入ル北側(下長者通)  
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