極楽寺 (京都市左京区)  
Gokuraku-ji Temple
極楽寺  極楽寺 
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 極楽寺(ごくらくじ)は、山号を「徳池山」という。
 時宗、聞名寺に属する。本尊は勝利毘沙門尊天を安置する。
 毘沙門尊天の御朱印が授与される。
◆歴史年表 平安時代、990年、源信(恵心僧都)が創建したという。当初は天台宗だった。
 その後、衰微する。
 鎌倉時代、1275年、一遍が中興する。時宗に改宗した。かつて、寺町一条にあった。
 3代将軍・足利義満(1358-1408)が深く帰依する。
 安土・桃山時代、豊臣氏が寺禄17石を寄進した。
 天正年間(1573-1592)、寺町今出川下ルに移る。
 江戸時代、1692年、12月、火災により類焼する。
 1693年、真如堂(左京区)の移転に伴い、現在地に移る。周辺の大興寺、東北院、迎称寺とともに移転した。
◆源信 平安時代中期の天台宗の僧・源信(げんしん、942-1017)。恵心僧都、横川僧都。大和国に生まれた。950年/956年、9歳で比叡山の良源に学ぶともいう。955年、得度した。956年、15歳で『称讃浄土経』を講じ、第62代・村上天皇により法華八講の講師の一人に選ばれる。だが、名声より聖人になるという母の諫言を守り、横川の恵心院に隠棲し続けた。1004年、公卿・藤原道長の帰依により権少僧都になる。1005年、権少僧都を辞する。恵心院で亡くなる。臨終にあたり、阿弥陀如来像の手に結んだ糸を手にし、合掌しながら入滅したという。
 浄土宗の基礎になり、地獄極楽観を説いた『往生要集』(985)の編者。『源氏物語 宇治十帖』中、宇治川に入水した浮舟を助けた「横川の僧都」といわれている。(良源弟子の覚超ともいう)。絵、彫刻に優れたという。源信作の和讃「極楽六時讃」がある。
◆一遍 鎌倉時代中期の僧・時宗開祖・一遍(いっぺん、1239-1289)。智真。捨聖(すてひじり)、遊行上人と呼ばれた。伊予松山・水軍家系の河野通宏の次男。一族は承久の変(1221)に加わり衰微し、父は出家する。10歳で母と死別した。1248年、父の勧めで継教寺・絶縁のもとで出家し、随縁と称した。幼少より聡明だったという。1251年、13歳で師・善入とともに太宰府の浄土宗西山派証空弟子・聖達(しょうたつ)を訪ね師事し、肥前の華台にも学ぶ。智真と改める。1263年、父の死を契機に帰郷し還俗し、妻帯し家督を継ぐ。相続に絡み親族に襲われ、1271年頃、再び出家した。1271年、太宰府の聖達を訪ね、信州・善光寺で「二河白道」の喩に感得、阿弥陀仏により救済されると確信する。伊予・窪寺に籠る。1273年、伊予国・菅生の岩屋に参籠した。1274年、妻・超一、娘・超二、従者念仏坊とともに遊行の旅に出る。四天王寺、高野山・金剛峯寺、熊野権現の夢告により、賦算の行(念仏札を配る)を始めた。妻子と別れる。1275年、熊野、京都、西海道より伊予に戻る。1279年、京都・因幡堂、善光寺、信濃国の伴野より敬愛する空也に倣い踊り念仏を始めた。奥州、平泉、1282年、鎌倉入府を断られる。1284年、3度目になる京都を訪れた。その後、北国、西国を巡り、1289年、摂津国和田岬の観音堂(後の真光寺)で亡くなる。
 一遍の号は、六字名号一遍法の感得に由る。空也の「捨ててこそ」の教えを実践し、捨聖とも呼ばれた。一遍は粗末な身なりで北は江刺、平泉から南は薩摩・大隅まで15年間諸国遊行し、各所で25万枚ともいう賦算と踊念仏を行なう。生涯にわたり寺を建てず、著作も残さず、死期迫るとわずかな経典も焼き捨てたという。一遍の時衆(時宗)は、日常の生活を臨終の時ととらえた。身辺のあらゆるものを捨て、「南無阿弥陀仏」の念仏さえ唱えれると、俗世の人々も阿弥陀仏に救われ往生できると説いた。
◆仏像 ◈本堂に本尊の「勝利(勝敵)毘沙門尊天立像」を安置する。
 ◈脇侍に「恵比須(蛭子)像」、「大黒天像」を安置する。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都大事典』『昭和京都名所図会 2 洛東 下』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 極楽寺  〒606-8414 京都市左京区浄土寺真如町15   075-751-7050 
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