花園天皇 十楽院上陵 (京都市東山区)  
Imperial mausoleum of Emperor Hanazono
花園天皇 十楽院上陵 花園天皇 十楽院上陵
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「花園天皇陵参道」














「花園天皇 十楽院上陵」






 青蓮院の南隣に十楽院上陵(じゅうらくいん-の-うえ-の-みささぎ)がある。
 鎌倉時代末期の第95代・花園天皇(はなぞの-てんのう)が葬られている。
◆歴史年表 南北朝時代、1348年、11月11日、花園天皇は洛西で亡くなる。十楽院の上の山で火葬にされた。葬儀は天皇が創建した花園寺で行われた。十楽院に花園寺の御堂の一つが移された。
 その後、陵墓地の所在は不明になる。
 江戸時代、1697年-1699年、元禄の修陵では、妙心寺境内の開山堂とされた。
 1808年、黒谷に十楽院があり、陵墓もその地とされた。(『山陵志』)
 1862年-1863年、文久の修陵では、現在地を陵墓にしている。
◆花園天皇 鎌倉時代後期-南北朝時代の第95代・花園天皇(はなぞの-てんのう、1297-1348)。富仁(とみひと)。萩原院(はぎわらいん)、追号は花園院。法名は遍行。京都の生まれ。第92代・伏見天皇の第2(3とも)皇子。母は左大臣・洞院実雄の娘・顕親門院(けんしんもんいん)藤原季子(きし)。1301年、伏見上皇の配慮により、大覚寺統の第94代・後二条天皇に譲位され、持明院統側として親王宣下される。兄・後伏見上皇(第93代)の猶子になり、皇太子に立つ。1308年、後二条天皇の死とともに践祚、12歳で即位した。皇太子は9歳年長の尊治(たかはる)親王(第96代・後醍醐天皇)になる。父・伏見上皇、続いて兄・後伏見上皇が院政をおこなう。1312年、幕府は鎮西神領興行令を発した。1317年、鎌倉幕府の大覚寺統と持明院統の迭立(てつりつ)案である文保(ぶんぽう)の和談は不調におわる。1318年、持明院統の退潮とともに、両統迭立に従い、大覚寺統の後醍醐天皇に譲位して、太上(だいじょう)天皇の尊号を受けた。1333年、後醍醐天皇の反乱により、後伏見、光厳とともに鎌倉に逃れようとして、近江で捕らえられ京都に送還された。1335年、出家して遍行と称し萩原殿に隠棲した。1337年、萩原殿を寄進し、関山慧玄(かんざん-えげん)を開山として妙心寺を開建した。
 在位中は、不安定な社会情勢であり、東寺、東大寺、延暦寺・日吉大社、興福寺の訴訟、強訴が続く。寺社火災、異国襲来の不安も重なる。伏見天皇と後伏見天皇の対立、大覚寺統(三流分裂の可能性)・持明院統の皇位争いに対しては公正の態度を持した。学問を好み、和漢、宋学を学び、著作に王道を説いた『学道之記』『論語抄』がある。詩歌『風雅集』の撰にもあたった。念仏宗、禅宗に帰依し大燈国師 (宗峰妙超)に興禅大燈(だいとう)国師の号を与えた。自筆日記の『花園天皇宸記』 (47巻) は両統迭立、元弘の乱までの重要な史料とされている。京都で没した。52歳。
 陵墓は十楽院上陵(東山区)になる。
陵墓 円丘になる。北西面している。参道には山門がある。
 南北朝時代、1348年11月11日、花園天皇は洛西で亡くなる。十楽院の上の山で火葬にされた。葬儀は天皇が創建した花園寺で行われた。十楽院に花園寺の御堂の一つが移された。当時の洛西が大覚寺統の本拠だったため、持統院統の天皇はこの地を避けて、洛東の現在地に埋葬されたともいう。また、当時の青蓮院門跡門主は持統院統に繋がる皇子だった。
 その後、陵地の所在は不明になる。江戸時代、1697年-1699年、元禄の修陵では、妙心寺境内の開山堂とされた。1808年、黒谷に十楽院があったとされ、陵墓もそこにあるとされた。(『山陵志』)。1862年-1863年の文久の修陵では、現在地を陵墓にしている。
◆十楽院 十楽院は、平安時代、1176年に第77代・後白河天皇中宮・平慈子(1142-1176)が亡き父・時信(?-?)の菩提のために建立した。後に青蓮院の院家の一つになる。鎌倉時代の道玄法親王(1237-1304)以来、青蓮院の歴代門主の住房になる。
 なお、現在の御陵北には、青蓮院院家の一つである上乗坊、東には比叡山別院・東陽坊などが建てられていた。


92 伏見天皇(持明院統)(在位:1287-1298)→93 後伏見天皇(持明院統)(在位:1298-1301)→94 後二条天皇(大覚寺統)(在位:1301-1308)→95花園天皇 (持明院統)(在位:1308-1318)→96 後醍醐天皇(南朝、大覚寺統)(在位:1318-1339)→97 後村上天皇 (南朝、大覚寺統)(在位:1339-1368)→98 長慶天皇(南朝、大覚寺統)(在位:1368-1383)→99 後亀山天皇(南朝、大覚寺統)(在位:1383-1392)


*土曜、日曜日、祝日は閉門されています。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『検証 天皇陵』、『天皇陵 謎解き完全ガイド』、『歴代天皇125代総覧』、『古代史研究の最前線 天皇陵』、『京都大事典』、『歴代天皇年号事典』、『昭和京都名所図会 2 洛東 下』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 花園天皇 十楽院上陵 〒605-0035 京都市東山区粟田口三条坊町
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