龍興院 〔萬福寺〕 (京都府宇治市)
Ryuko-in Temple
龍興院  龍興院
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開山堂








地蔵尊


出世地蔵

 萬福寺境内の北西に塔頭・龍興院(りゅうこういん)がある。 
 黄檗宗。
◆歴史年表 江戸時代、1681年、慧林性機(えりん-しょうき)が塔所として建立した。同年頃、現在の開山堂が建立される。
 2世・香国道蓮(こうこく-どうれん、1652-1723)が引き継ぐ。
◆慧林性機 江戸時代前期の黄檗宗の渡来僧・慧林性機(えりん-しょうき、1609-1681)。号は独知。明、福建省生まれ。科挙の勉学に勤しんでいた。明末清初の混乱により官途の望み絶たれ、40歳で補山の万歳山の祇園により出家した。1649年、黄檗山の隠元隆琦に師事し受戒した。1654年、隠元に従い来日、長崎・崇福寺、興福寺を経て、摂津・普門寺に移った隠元に同行した。大悟し、隠元に西堂に任じられた。1658年、隠元が江戸に向かい留守を預かる。1661年、隠元の法嗣になる。摂津国・仏日寺2世になった。1680年、萬福寺3世になる。1681年、隠退し、萬福寺・龍興院に移った。 語録『慧林禅師語録』など。73歳。
◆香国道蓮 江戸時代前期-中期の黄檗宗の僧・香国道蓮(こうこく-どうれん、1652-1723)。1680年、慧林性機の法嗣になる。1715年、仙台・大年寺6世になった。萬福寺・龍興院2世になる。江戸・大龍寺の開山になった。71歳。
 唐音に通じた。儒学者・荻生徂徠と交流した。
◆建築 開山堂(府指定文化財)は江戸時代、1681年に建立された。
◆出世地蔵 境内に出世地蔵が祀られている。1960年に、寿塔修理の際に土中より見つかったという。1000年以上を経ており、かつて奈良街道沿いにあった地蔵尊ともいう。


*非公開
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都の禅寺散歩』、『黄檗文化』 、ウェブサイト「コトバンク」   


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龍興院 〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄三番割34-5  0774-31-8081
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