萬松院〔萬福寺〕 (京都府宇治市)
Bansho-in Temple
萬松院 萬松院 
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表門









客殿


客殿



天光塔(開山堂)



天光塔(開山堂)

 萬福寺境内の北西に塔頭・萬松院(ばんしょういん、万松院)がある。境内は山麓の傾斜地にある。派下末寺18カ寺ある。
 黄檗宗。
 不動尊(金成不動尊)は「宇治十三社寺まいり」の一つで、財運の不動尊の信仰を集める。
◆歴史年表 江戸時代、1670年、東巌が師・龍渓性潜(りゅうけい-しょうせん)の塔所として創建した。開山は隠元隆琦とする。
 寂門道律(じゃくもん-どうりつ、1651-1730)が再興した。
◆龍渓性潜 安土・桃山時代-江戸時代前期の黄檗宗の僧・龍渓性潜(りゅうけい-しょうせん、1602-1670)。諡号は大宗正統禅師。京都の生まれ。8歳で東寺に入る。16歳で摂津国・普門寺(臨済宗)で出家、宗琢と称した。1620年、普門寺の師・籌室玄勝が没し、9世になる。竜安寺の伯蒲慧稜に参禅し、龍渓宗潜と改め、印可を受けた。1627年、紫衣事件で師・伯蒲に従う。竜安寺塔頭・皐東庵を自坊とし、妙心寺の首座になる。普門寺を経て、1651年、妙心寺住持になり、紫衣を賜った。退隠し、普門寺に戻る。1654年、来日した隠元隆琦の弟子になる。久安寺の開山という。1657年、第108代・後水尾天皇の帰依を受ける。隠元のもとで萬福寺の建立を助け、徳川将軍にも働きかけて寺地を確保した。1663年、隠元より印可を受け諡号を性潜に改める。1664年、後水尾法皇の勅願寺、日野・正明寺の住持になる。1669年、隠元の法嗣になり、日本人初の隠元の嗣法者になる。1670年、大坂・九島院での斎会で洪水中に身を置きそのまま没したという。著『宗統録』、『鉄觜録』など。
◆東巌 江戸時代前期の黄檗宗の僧・東巌(?-?)。詳細不明。龍渓性潜の弟子になる。1670年、萬福寺・萬松院を創建した。
◆寂門道律 江戸時代前期-中期の黄檗宗の僧・寂門道律(じゃくもん-どうりつ、1651-1730)。詳細不明。龍渓性潜の法孫。萬福寺・萬松院を中興する。
◆建築 ◈石段上の高台に龍谿の開山塔「天光塔」(京都府指定文化財)がある。江戸時代、1671年に建立される。後水尾法皇(第108代)の寄進による。法皇の勅により真骨が塔内に納められた。
 ◈「表門」(宇治市指定文化財)は江戸時代に建立された。
◆障壁画 本堂に直原玉青(1904-2005)筆の60面の障壁画がある。


*非公開
*参考文献・資料 『京都の禅寺散歩』、『黄檗文化』 、サイト「コトバンク」


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天光塔(開山堂)


不動堂、金成不動尊

不動堂
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