一華院 〔東福寺〕 (京都市東山区)
Ikk-en Temple
一華院  一華院 
50音索引,Japanese alphabetical order   Home 50音索引,Japanese alphabetical order   Home























「依稀松(いきまつ)の庭」



「依稀松の庭」、飛石
 東福寺境内の北西に塔頭・一華院(いっけえん)がある。寺号は達磨大師の「一華五葉を開き、結果自然と成る」に因る。
 臨済宗東福寺派。本尊は白衣観音坐像。
◆歴史年表 南北朝時代、1382年/応永年間(1394-1427)、東漸健易(とうげん/とうざん-けんえき)の開創によるという。開基は不明。
 1544年、創建されたともいう。
 中世(鎌倉時代-室町時代)、一時廃絶する。
 江戸時代、1808年、塔頭・霊雲院の天瑞により再興された。
 1821年、霊雲院12世・矢瑞守選により再興されたともいう。
◆東漸建易 南北朝時代-室町時代前期の臨済宗の僧・東漸健易(とうげん/とうざん-けんえき、1344-1423)。詳細不明。遠江(静岡県)の生まれ。義堂周信に学ぶ。鎌倉・寿福寺の華峰僧一の法を嗣ぐ。摂津・広厳寺、東福寺、南禅寺の住持を歴任した。応永年間(1394-1427)、東福寺・一華院を開創する。語録『一華東漸和尚語録』『東漸和尚法語集』。80歳。
 4代将軍・足利義持と親交した。
◆天瑞 江戸時代後期の臨済宗の僧・天瑞(てんずい、?-?)。詳細不明。南禅寺・春江和尚の弟子?。塔頭・霊雲院に入る。1808年、東福寺・一華院を再興する。
◆矢瑞守選 江戸時代後期の臨済宗の僧・矢瑞守選(?-1823)。詳細不明。霊雲院12世。1821年、東福寺・一華院を再興する。
◆仏像 本尊は室町時代作の「白衣観音坐像」を安置している。
 脇仏に江戸時代作の「阿弥陀如来坐像」、江戸時代作の「達磨半像」を安置する。
◆一華五葉 寺号の一華院とは「吾れ本(も)と茲(こ)の土に来たり、法を伝えて迷情を救う。一華五葉を開き、結果自然(じねん)に成る」に因る。禅宗の初祖・達磨大師(5世紀後半-6世紀前半)が二祖・慧可(えか、487-593)に伝えた伝法偈(でんぽうげ)中の一句とされる。
 開運吉祥の語という。ただ、本来の意味は、一つの花があり、五つの花弁が開いた。花とは心中深く開く自身の花である。もしも「五つの花弁」の意味を知りたければ、禅を実践するしかない。その五弁の意味とは、ありのままを受け入れる心、純粋な心、分け隔てのない心、人を想う心、すべてはおかげさまといただける心を意味する。自らの心中を尋ね、自らの力でそれを会得する。その行は、心に美しさと、自らの生を限りなく豊かに導くに違いないと諭すものという。
◆文化財 近代、1881年、東福寺が焼失し、その類焼を免れた南北朝時代の大仏蓮華台の花弁の一つが残されている。塔頭に一枚ずつ配布された中の一つになる。創建時の東福寺の仏殿には、釈迦如来(15m)の大仏が安置されていたという。
◆庭園 方丈の南に枯山水式庭園「依稀松(いきまつ)の庭」がある。奥の刈込、その背後の楓などの樹林を前にして長方の苔庭が東西に広がる。庭は、方丈内より眺める額縁庭園として構成されている。左手(東)に一本の松が植えられ、その片方の枝を右手(西)に向けて長く伸ばしている。石組はなく、松を囲むように苔地に方丈より飛石、延段が曲線を描いて向かい戻る。中央に蹲踞、南西に塔灯籠も配されている。ツツジ、ドウダンツツジなどの大小の丸刈込、西の高い生垣には椿などの植栽も見られる。
 依稀松の名の由来は、禅語の「依稀松屈曲彷彿石爛班」に因る。松の枝ぶりがよく似るにしても、松は龍を象るものではなく、曲がった松そのものである。石の斑紋は似るにしろ、石は虎ではなく石そのものである。「依稀松」とは、ただ「一本の枝の伸びた松」に過ぎない。庭は、松を松として石は石として、ありのままの姿に鑑賞することを説くものという。
◆年間行事 紅葉の頃に一般公開され、茶席が設けられる。


*普段は非公開
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献・資料 『旧版 古寺巡礼京都 18 東福寺』、『京都の禅寺散歩』、『京都・山城寺院神社大事典』、『京都大事典』、当院ウェブサイト 、ウェブサイト「コトバンク」


関連・周辺東福寺  周辺  関連    

「依稀松の庭」、蹲踞

大仏蓮華台の花弁
一華院 〒605-0981 京都市東山区本町15丁目800  075-561-7274
50音索引,Japanese alphabetical order  Home   50音索引,Japanese alphabetical order  Home  
  © 2006- Kyotofukoh,京都風光