龍眠庵 〔東福寺〕 (京都市東山区)
Ryumin-an Temple
龍眠庵 龍眠庵 
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 東福寺境内の北に塔頭・龍眠庵(りゅうみんあん)がある。 
 臨済宗東福寺派。本尊は釈迦如来を安置する。
◆歴史年表 南北朝時代、1355年、正平年間(1346-1369)とも、檀渓心凉(だんけい-しんりょう)の創建による。
◆檀渓心凉 鎌倉時代後期-南北朝時代の臨済宗の僧・檀渓心凉(だんけい-しんりょう、1302-1374)。詳細不明。心凉。因幡(鳥取県)の生まれ。虎関師錬(こかん-しれん)に参禅し、その法嗣になる。伊勢・正法寺の開山、東福寺37世になった。東福寺・龍眠庵に退隠した。73歳。
◆平景清 平安時代後期-鎌倉時代前期の武将・平景清(たいら-の-かげきよ、?-1196)。伊勢(三重県)の生まれ。藤原忠清の子。1180年、第81代・安徳天皇の滝口(滝口武者)になる。1183 年、平知盛らに従い、平氏の侍大将として源義仲と戦う。1184年、一ノ谷の戦いに敗れた。平氏都落ちに同行し、1185年、屋島の戦いで美尾谷十郎と戦い、冑の錣(しころ)を断ったという。壇ノ浦の合戦に加わる。平氏滅亡後、逃亡中に早合点から叔父・大日坊能忍を殺し、「悪七兵衛(あくしちびょうえ)」と呼ばれた。鎌倉幕府の平氏残党討伐により、1195年、東大寺大仏殿供養のために上京した源頼朝に降伏した。八田知家に預けられ、1996年、絶食して死んだという。平知盛の遺子・知忠の反乱に加わったともいう。
 後世、『平家物語』、浄瑠璃『出世景清』、謡曲『景清』などの素材になった。
◆建築 臨済宗の僧・安国寺恵瓊(あんこくじ-えけい、?-1600)は、安土・桃山時代、1591年に龍眠庵の本堂を再建している。なお、1596年、東福寺本坊庫裏も再建し、1597年に通天橋も架け替えた。
◆平景清 龍眠庵境内背後の竹林に、平安時代後期-鎌倉時代前期の伝説的な武将で平家に仕えた、藤原景清の屋敷跡、墓があるとの伝承がある。
◆椿 境内に樹齢200年という椿の古木がある。織田有楽斎(1547-1621)好みという。


*非公開
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都の禅寺散歩』『旧版 古寺巡礼京都 18 東福寺』『京都・山城寺院神社大事典』 、ウェブサイト「コトバンク」   


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龍眠庵 〒605-0981 京都市東山区本町15  075-561-9006 
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