栗棘庵〔東福寺〕 (京都市東山区)
Rikkyoku-an Temple
栗棘庵 栗棘庵 
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 東福寺境内の北に塔頭の栗棘庵(りっきょくあん)がある。
 臨済宗東福寺派。本尊は地蔵菩薩、聖観音。
◆歴史年表 鎌倉時代、1294年、白雲慧暁(はくうん-えぎょう)の創建による。当初は洛北西陣、白雲村(しらくもむら)にあった。栗棘庵と称した。
 1307年、聖寿庵に改める。
 その後、焼失した。 
 南北朝時代、1385年、覚山空性(かくざん くうしょう)により再興されたという。栗棘庵に復した。能登国志津良荘などの庵領があった。
 室町時代、1417年、清巌正徹は栗棘庵裏に「松月」を建て起居した。
 応仁・文明の乱(1467-1477)後、東福寺山内に移されたという。能登守護・畠山氏を檀越に迎える。
 江戸時代、1788年、東福寺朱印地より、51石の配当を得ていた。(「禅宗済家五山東福寺本末帳」)
◆白雲慧暁
 鎌倉時代前期-後期の臨済宗の僧・白雲慧暁(はくうん-えぎょう、1223-1298) 。諡号は仏照禅師、号は隠谷子。讃岐(香川県)の生まれ。比叡山に上がり行泉法師に師事し、天台教学を学ぶ。17歳で得度した。25歳で泉涌寺・開観律師に師事し戒律を学ぶ。のち円爾に参じ禅宗に改める。1266年、入宋し、瑞巌寺・希叟宗曇(きそう-しょうどん)に謁した。帰国後、東福寺・円爾の法を嗣ぐ。1292年、九条忠教に招かれ東福寺4世になる。1293年、退き、1294年、洛北に栗棘庵を結ぶ。円爾の最期に伝法灌頂を受けた。著『仏照禅師語録』、『由迷能起(ゆめのき)』。75歳。
 白雲の一門は栗棘門派と呼ばれる。
◆覚山空性 南北朝時代の臨済宗の僧・覚山空性(かくざん-くうしょう、?-?)。詳細不明。能登の温井氏。1385年、東福寺・栗棘庵を再興したという。
◆清巌正徹 南北朝時代-室町時代中期の臨済宗の僧・歌人・清巌正徹(せいがん-しょうてつ、1381-1459) 。俗名は正清。幼名を尊命丸、通称は徹書記、号は松(招)月庵。備中(岡山県)の生まれ。神戸山城主・小松康清の次男。10歳頃、京都・冷泉(れいぜい)家の歌会に出席し、今川了俊、冷泉為尹(ためまさ)に師事した。父没後の1414年、東福寺で出家、聖一派栗棘門派の象先会玄の法嗣、書記を勤めた。将軍足利義政に『源氏物語』全巻を講義した。風刺歌により義教の怒りに触れ美濃に流される。春日西洞院、今熊野に草庵を結ぶ。79歳。
 藤原定家に傾倒し、正広、正韵など弟子を輩出した。美濃、尾張の紀行文『なぐさめ草』を著した。和歌は『草根集』15巻に集録される。歌論書『正徹物語』。
 墓は1773年に再建されたものが東福寺・栗棘庵(東山区)にある。
◆温井氏 奥能登の温井氏の祖は、南北朝時代、1385年に東福寺・栗棘庵を中興したとされる覚山空性という。温井備中守とされる。
 温井氏は能登の守護大名畠山氏の重臣であり、中世(鎌倉時代-室町時代)輪島の領主だった。菩提寺として、臨済宗栗棘門派末寺の聖光寺(しょうこうじ)(現在曹洞宗、輪島市輪島崎町) を建立した。室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)後、東福寺・栗棘庵が能登守護畠山氏を檀越に迎えて以後、能登では同門流が有力になる。鎌倉時代末期に創建の定林寺(鹿島郡熊来荘)とともに聖光寺が拠点寺になった。聖光寺へは東福寺の彭叔守仙(ほうしゅく しゅせん、1490-1555)も度々訪れた。温井氏の全盛は温井総貞(?-1555)の時であり、1582年の前田利家らとの荒山合戦により温井氏は滅亡した。
 なお、聖光寺には七尾の絵師・長谷川等伯(1539-1610) も立ち寄り、その絵も残されている。
◆文化財 多数の文化財がある。
 ◈紙本白描「白雲慧暁像 附 絹本著色 白雲慧暁像 」1幅(重文)、鎌倉時代作、京都国立博物館寄託。
 ◈紙本墨画「出山釈迦図 賛・白雲恵暁」1幅(重文)、鎌倉時代作、京都国立博物館寄託。
 ◈紙本墨画「梅花図 賛・白雲恵暁」2幅(重文)、鎌倉時代作、京都国立博物館寄託。
 ◈絹本著色「八幡若宮神像」1幅(京都府指定文化財)、鎌倉時代作。
 ◈絹本著色「石清水八幡宮曼荼羅図」1幅(京都府指定文化財)、鎌倉時代作。
 ◈「聖一国師印信」3巻、附「阿忍流密授」1幅(重文)、鎌倉時代、1280年作、京都国立博物館寄託。
 ◈「宋拓輿地図」2幅(重文)、南宋時代作。
 ◈印章「白雲」「恵暁」「隠谷」3顆(重文)。鎌倉時代作、京都国立博物館寄託。
 ◈「直綴(じきとつ) 」は、鎌倉時代(13世紀) の白雲慧暁の僧衣。
 ◈「白雲慧暁像(紙形) 」(重文)は、鎌倉時代(13-14世紀) 作、白雲慧暁の弟子・了偉が描かせたものという。  
 ◈「八幡若宮神像」(府指定文化財)、鎌倉時代作、京都国立博物館寄託。
 ◈「石清水八幡宮曼荼羅図」(府指定文化財)、鎌倉時代作、京都国立博物館寄託。
◆紅葉 紅葉で知られ、その期間限定で京料理「高澤」が境内で営業し「紅葉弁当」が出されている。
◆墓 室町時代の僧で歌人の清巌正徹(1381-1459)の墓がある。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『旧版 古寺巡礼京都 18 東福寺』、『京都の禅寺散歩』、『京都・山城寺院神社大事典』、『京都古社寺辞典』 、ウェブサイト「輪島学 第7話/戦国時代の温井氏」、ウェブサイト「輪島の歴史」


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栗棘庵 〒 605-0981 京都市東山区本町15-796  075-541-2982 
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