玉龍院 〔相国寺〕 (京都市上京区)
Gyokuryu-in Temple
玉龍院 玉龍院 
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ウメ










 相国寺境内の南に塔頭・玉龍院(ぎょくりゅういん)がある。
 臨済宗相国寺派、本尊は釈迦如来。
◆歴史年表 南北朝時代、1388年、雲溪支山(うんけい-しざん)により創建された。その退居所とされた。また、開基は足利義満であり、太清宗渭(たいせい そうい)を相国寺に迎請するため、その禅室として創設されたという。当初は玉龍庵と称した。(寺伝)
 江戸時代、1788年、天明の大火により焼失する。本山執事に在任中の天真は、本山の開山堂から法堂に通じる廊下を、東福寺、鹿苑寺の使僧・洪崖らとともに破壊し、法堂への延焼を防いだ。その後も当院の再建に尽力した。(寺伝)
 近代、1868年以後、無住になり廃寺の危機に瀕する。その後、13世・良谷恵譲(りょうこく-えじょう)により中興された。(寺伝)
 1930年、現在地に移転し改築する。
◆雲渓支山 南北朝時代の臨済宗の僧・雲渓支山(うんけい-しざん、1330-1391)。俗姓は土岐氏、道号は雲石、率性道人。美濃(岐阜県)の生まれ。土岐頼清の子。雪村友梅(せっそん-ゆうばい)の法嗣、一山一寧(いっさん-いちねい)の孫弟子になる。1346年、雪村没後、墓所の大竜庵の塔主、播磨・法雲寺、宝林寺に住した。播磨・護聖寺を開く。山城・安国寺の住持を歴任した。1388年、相国寺5世、晩年、退隠し玉竜庵に閑居した。著『雲渓山禅師語録』『雲渓山禅師疏』。62歳。
 一派は副僧録として蔭涼軒の役職を多く輩出し、五山の行政面に深く関与した。
◆太清宗渭 鎌倉時代の臨済宗の僧・太清宗渭(たいせい-そうい、1321-1391)。別号は絶清。相模(神奈川県)生まれ。丹波・西禅院の雪村友梅の印可をうける。美濃・竜門寺、鎌倉・浄智寺、京都・天竜寺、南禅寺、相国寺4世を歴任した。著『太清録』など。71歳。
 一山一寧派になる。副僧録として蔭涼軒の役職を多く輩出した。
◆天真 江戸時代の臨済宗の僧・天真(?-? )。詳細不明。東嶺円慈(とうれい-えんじ、1721-1792)の法嗣。
◆良谷恵譲 江戸時代-近代の臨済宗の僧・良谷恵譲(りょうこく-えじょう)。詳細不明。相国寺・玉龍院13世。


*非公開
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献・資料 『京都の禅寺散歩』、当院ウェブサイト 、ウェブサイト「コトバンク」  



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玉龍院 〒602-0000 京都市上京区相国寺門前町701,今出川通鳥丸東入ル   075-211-5832 
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