松林院墓地 (京都市伏見区)
Shorin-in Temple cemetery
松林院墓地  松林院墓地
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 伏見区鷹匠町の松林寺(しょうりんいん)墓地に、いまは御堂のみが建つ。 
 幕末期の船宿「寺田屋」の名女将といわれたお登勢の墓がある。
◆歴史年表 創建の詳細、変遷は不明。
 かつて、宗玄寺という寺があった。
 現在は松林院の墓地になっている。
◆お登勢 江戸時代後期-近代の女性・お登勢(おとせ、1829/1830?-1877/1878)。父は近江国大津の旅館主・大本重兵衛、米問屋・大本重太郎(山本重助)の次女ともいう。18歳で寺田屋6代目・寺田屋伊助と結婚する。夫は放蕩を重ね、病弱でもあり、夫に代わりに女将として宿を切り盛りした。薩摩藩の常宿であり、勤王の志士を庇護した。1862年、寺田屋で薩摩藩尊攘派弾圧事件(寺田屋騒動)が起こり、急進派、漸進派が乱闘した。急進派の有馬新七ら9人の犠牲者の法要を営む。この頃坂本龍馬と知り合う。1864年、夫が亡くなる。1865年頃より、龍馬は薩摩藩の紹介により寺田屋を定宿とした。1866年、寺田屋での龍馬襲撃事件後、龍馬愛人・お竜(楢崎龍)を養女として1年4か月間預かる。その母、妹らへも生活の援助をした。1867年、切腹事件により見捨てられていた薩摩藩6人の遺体を引き取り、葬って墓を立てた。夫没後、捨て子5人を育てたという。
 お登勢は松林院の墓地に眠る。
◆宗玄寺 宗玄寺の詳細不明。
◆暮 墓地には3基の寺田屋ゆかりの墓がある。寺田屋の女将・お登勢の墓は五輪塔が立ち、「喜導院妙持信女」の法名が刻まれている。7代・伊助の妻が建立した。
 夫・伊助の墓もある。


*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『おんなの史跡を歩く』『京を彩った女たち』


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お登勢の墓

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 松林院墓地 〒612-8062 京都市伏見区鷹匠町1 
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