寂庵 (京都市右京区) 
Jaku-an Temple
寂庵   寂庵 
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表札、井上光晴筆




【参照】近くにある五山送り火の鳥居形、嵯峨鳥居本曼荼羅山


【参照】五山送り火の鳥居形
 嵯峨野に寂庵(じゃく-あん)がある。庵主は尼僧で作家の瀬戸内寂聴が務める。山号は曼陀羅山という。 
 天台宗。本尊は聖観音。
◆歴史年表 平安時代、この地は死体捨場だったという。
 現代、1974年、瀬戸内寂聴は嵯峨野の私邸に寂庵を開いた。庵名は今東光による。
 1985年、道場の嵯峨野僧伽(さんが)を建てる。
 1990年、寂窯を開く。
 2021年、寂聴が亡くなった。
◆瀬戸内寂聴 近現代の天台宗の尼僧・作家・瀬戸内寂聴(せとうち-じゃくちょう、1922-2021)。女性。晴美(はるみ)。徳島の生まれ。家は神仏具商だった。小学校3年の時に小説家になることを決意した。県立高等女学校入学後に、与謝野晶子訳の『源氏物語』と出会う。1940年、東京女子大学国語専攻部に進学する。1943年、在学中に、外務省留学生と見合い結婚した。繰り上げ卒業し、夫の任地・北京に同行する。1944年、長女を産む。1945年、夫が現地召集になる。1946年、戦後に夫・長女とともに佐世保に引き揚げた。1948年、夫の教え子の文学青年と恋愛し、幼い娘を残し家を出て京都に移った。1950年、離婚し、東京に移り本格的に著作を始める。1956年、処女作『痛い靴』を発表した。『女子大生・曲愛玲(チュイアイリン)』で新潮同人雑誌賞を受賞する。1957年、小説『花芯』は、「子宮小説」と揶揄される。1960年、取材を契機に、徳島ラジオ商殺し事件(1953)の犯人とされた冨士茂子の再審支援を続けた。1961年、伝記小説『田村俊子』で第1回田村俊子賞を受賞する。1963年、離婚の原因になった自身の恋愛を描いた私小説『夏の終り』で女流文学賞を受賞した。1973年、小説家・井上光晴との関係を断つために、僧侶・小説家・今春聴(今東光)大僧正を師僧とし、岩手県平泉町・中尊寺で得度する。春聴は法名を寂聴とした。「出離者は寂なるか、梵音を聴く(出家者は心の乱れなく、仏心が聴こえる)」の意味だった。1974年、比叡山で60日間の行を経て嵯峨野に寂庵を開く。1981年、故郷・徳島で寂聴塾を開いた。1983年、大麻事件で執行猶予中の俳優・萩原健一の身元を引き受けた。1986年、元連合赤軍・永田洋子被告の裁判で証言台に立つ。1987年、岩手県二戸市・天台寺の住職になる。1988年-1992年、敦賀女子短期大学学長に就任した。1991年、湾岸戦争勃発に際し、寂庵で1週間の停戦断食を行う。1992年、一遍上人を描いた 『花に問え』で、谷崎潤一郎賞を受賞する。1995年、芸術選奨文部大臣賞を受賞した。1996年、『白道(びゃくどう)』で芸術選奨文部大臣賞を受賞する。1997年、文化功労者に選ばれる。1998年、『女人源氏物語』全5巻を刊行した。「源氏物語ミュージアム」(宇治市)の名誉館長になる。2000年、『源氏物語』の現代語訳(全10巻)完結により日本文芸大賞を受けた。2001年、『場所』で野間文芸賞を受賞した。9月、米同時多発テロの際に断食を行う。2002年、徳島県立文学書道館館内に、「瀬戸内寂聴記念室」が設置される。2003年、イラク戦争で新聞広告を出した。2005年、天台寺住職を引退する。2006年、文化勲章を受章した。2007年、比叡山延暦寺禅光坊の住職になる。2008年、安吾賞を受賞した。女子高生の恋愛を描いたケイタイ小説『あしたの虹』を「ぱーぷる」筆名で発表した。「憲法9条京都の会」の代表世話人になる。2011年、『風景』で泉鏡花文学賞を受賞した。3月、東日本大震災後に度々被災地を訪れ、被災者、子どもたちとのと対話を続けた。2014年、『死支度』を書く。徳島県立文学書道館名誉館長になった。2015年、安全保障法制に抗議する国会前デモに参加した。2016年、少女・若い女性に寄り添う、「若草プロジェクト」の代表呼びかけ人になり支援した。2017年、最後の長編小説『いのち』を執筆した。「朝日賞」を受賞する。2020年、新型コロナ禍でネット法話を催した。僧正。99歳。
 自我に目覚めた女性の生と性を描き、田村俊子、岡本かの子、伊藤野枝、菅野スガ(須賀子)、高岡智照らの軌跡を追った。「青空説法」として法話の会を続けた。社会活動、平和活動、反原発運動などにも関わる。
 徳島県立文学書道館(徳島市)に瀬戸内寂聴記念室がある。
◆仏像 ◈本尊は聖観音を安置する。千体仏の一つとされる。
 ◈寂聴作の木彫「地蔵像」、土仏「弥勒菩薩像」がある。
◆建築 雀庵、道場「嵯峨野僧迦(ざがの-さんが)」が建つ。
◆庭 内庭、露地庭がある。
◆石仏 境内に彫刻家・須藤賢(1904-1998)作の石仏「姫百合観音」「涅槃石仏」「道祖神」などが寄進され安置されている。
◆花暦 寂聴が「花浄土」と表現した自ら植栽した多くの樹木、草花がある。
 沈丁花、蝋梅、梅(白色、紅色、枝垂れ、黒梅、桃色)、金縷梅(マンサク)、山茱萸(サンシユユ)、桜(枝垂れ桜3本、山桜1本、普賢象1本、鬱金[ウコン]1本、源平桃、椿、花水木、柴木蓮(シモクレン)、著我(シャガ)、牡丹、桔梗、山法師、紫陽花、木槿(ムクゲ)、芙蓉、萩、紅葉など。
◆年間行事 写経の会(毎月1日、10:00-15:00)、法話の会(毎月第3日曜日、8月は休会)。


*普段は非公開
*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。

*参考文献・資料 ウェブサイト「寂庵」、『寂庵』 、『わたしの好きな仏さまめぐり』、ウェブサイト「瀬戸内寂聴、死期を感じる?夜、昼の区別もなく、眠り続けています-AERA dot.2021.4.17 」、ウェブサイト「徳島県立文学書道館」、ウェブサイト「コトバンク」


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寂庵 〒616-8434 京都市右京区嵯峨鳥居本仏餉田町(ぶっしょうでん-ちょう)7-1  075-861-6770
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