歯神ノ社(寛算石) (京都市南区)*
Hagami-no-yashiro Shrine
歯神ノ社(寛算石) 歯神ノ社(寛算石)
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NO IMAGE 菅原道真にまつわる御霊社、歯神ノ社(はがみのやしろ)は、すでに存在しない。かつて、南区九条蔵王町の住宅街の一角に祀られていた。
 小社は、「歯神さん」と呼ばれ、境内には寛算石(かんざんせき)という霊石が祀られていた。
 祭神は、菅原道真(すがわら の みちざね)、寛算になる。 
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 現代、2006年、社殿は撤去され、宅地に転売された。
 2008年、歯神之社奉賛会神輿保存会は、京都学園大学(亀岡市)に子ども神輿を寄贈した。
◆寛算 平安時代の僧・寛算(かんざん、?-?)。詳細不明。桓算、観算ともいわれた。筑紫・安楽寺の僧(行者)という。「桓算供奉」とも呼ばれ、内供奉(ないぐぶ、宮中の内道場に供奉する僧)を務めたという。道真を慕い、寛算もまた雷に化して祟ったという。930年、清涼殿に落雷があり、大納言・藤原清貫が死亡した件も、道真の怨霊ではなく寛算の仕業だったともいう。
 憲平親王(後の第63代・冷泉天皇)の皇位継承に絡み、憤死した公卿・藤原元方は怨霊になり、藤原師輔と子孫に祟った。この時、寛算もまた祟ったという。
 寛算(=賀静とも?)は、第67代・三条天皇の眼病の張本人ともされた。天皇は失明し退位している。
 安楽寺は、905年、味酒(うまざけ)安行が、道真の遺言に従いその亡骸を牛車に乗せ、牛の止まったところに葬った。その地に祠廟を建てたことに始まるという。
◆寛算石 かつて境内には寛算石という石が祀られていた。石はラジウムを含む隕石ともいわれた。高さは30㎝、幅は100㎝-160㎝あった。
 伝承がある。道真を大宰権帥に左遷させた藤原時平(801-979)の死後、寛算は蔵王の森に落雷し石になった。石はやがて寛算石と呼ばれる。
 歯痛を治める夜叉神の権化と考えられ、歯神として信仰を集めた。社前には神箸が供えられ、この箸を食事の際に頬に当てると歯痛が治るとされた。子どもの守り神、万病に効くとされていた。
◆祭礼 かつて祭礼(5月5日)では、稚児行列、子たちの担ぐ神輿が出て、歯痛封じの箸が配られていた。2008年、歯神之社奉賛会神輿保存会は、京都学園大学(亀岡市)に子ども神輿を寄贈している。


*参考文献 『京都大事典』 、ウェブサイト「コトバンク」   


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map 歯神ノ社  京都市南区西条蔵王町
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