京都大学楽友会館 (京都市左京区)  
Kyoto University Rakuyu Kaikan (hall)
京都大学楽友会館 京都大学楽友会館
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南側

南側、正面


南西端


南側、正面玄関、Y字型支柱


南側、正面玄関


南側、正面玄関、Y字型支柱


南側、正面玄関


南側、正面玄関、館銘板「京都大学楽友会館 」


南側、正面玄関

南側、正面玄関、「登録有形文化財」の銘板


玄関、「京都大国大学」の銘


玄関、ロゴマーク、「大正十四年(1925年)」の銘


玄関


玄関


玄関、尖頭アーチ、Y字型支柱


玄関

南東端、屋根


南東端


南西端


南側、2階窓


南側、1階窓
 近衛通に面して、京都大学楽友会館 (きょうとだいがく-がくゆうかいかん)が建つ。日本における表現主義の代表作といわれている。
 設計は、近現代の建築家・建築研究者・森田慶一による。
◆歴史年表 近代、1925年、京都帝国大学創立25周年記念事業として、京都大学楽友会館は竣工した。
 1945年まで、教職員・卒業生の会合場として利用された。
 現代、1945年、10月、進駐軍により接収され、将校クラブとして利用される。 1951年、9月、騒音問題に端を発し、京都大学吉田寮による返還運動が起こる。
 1952年、6月、大学側に返還された。
 1998年、7月、国の登録有形文化財に指定されている。
 2010年、大改装され会館として再利用される。
◆森田慶一 近現代の建築家・建築研究者・森田慶一(もりた-けいいち、1895-1983)。三重県生まれ。三重県立三重第一中学校、旧制第三高等学校を経て、1920年、 東京帝国大学工学部建築学科を卒業した。石本喜久治ら東大同窓の建築家ら6人で「分離派建築会」を結成した。日本での建築文化運動の先駆であり、建築は科学技術ではなく「建築は一つの芸術である」を主張した。内務大臣官房都市計画課に入る。1922年、京都帝国大学教授・武田五一の招聘により同大学助教授として赴任した。建築材料学、設計製図を指導した。1928年、『月刊建築学研究』に「ヴィトルヴィウスの10のカテゴリーに対するヨルレスの説」を発表し、建築論の礎を築く。1934年、「ヰトルーヰウスノ建築論的研究」で工学博士を取得した。1934年-1936年、フランス、ギリシアに留学する。1936年、京都帝国大学教授になる。1958年、京都大学を退官した。1950年-1957年、京都府建築審査会委員、1951年-1957年、奈良県建築審査会委員、1953年、京都国立博物館調査員などを歴任した。1963年-1979年、東海大学教授になる。1974年、日本建築学会大賞を受賞した。古代ローマの『ウィトル=ウィウス建築書』の日本語訳、著『西洋建築史概説』、『建築論』など。87歳。
 主な作品は京都帝国大学楽友会館(1924年)、京都帝国大学農学部表門・門衛所(1924年)、北野病院(1928年、現存せず)、京都大学基礎物理学研究所湯川記念館(1952年)、京都国立博物館新陳列館(1965年、現存せず)など。
 西洋建築の歴史的研究、ギリシア・ローマの古典精神、ドイツ・表現主義建築(諸芸術の総合、斬新な形態の試行)に影響を受けた作品も手掛けた。近代日本の建築論・建築学の創始者であり、確立者だった。多くの後身を育てた。
◆森谷延雄 近代の家具・インテリデザイナー・森谷延雄(もりや-のぶお、1893-1927)。千葉県生まれ。1915年、東京高工(現・東京工業大学)を卒業した。1919年、イギリスのロイヤル・アカデミーに留学する。1923年、東京高等工芸(現・千葉大学)教授になる。1925年、国民美術展に家具・インテリアデザイン「ねむり姫の寝室」を出品した。京都大学楽友会館の家具・インテリアデザインを担当する。1927年、洋家具を製作・廉価販売する「木の芽舎」を設立した。35歳。
 西洋家具デザインの先駆者といわれた。
◆建築 楽友会館は、近代、1925年に、京都帝国大学創立25周年記念事業として、竣工した。基本設計は田中五一、仕上げ設計は森田慶一による。森田は基本設計に手を入れすべて変えたという。命名は総長・荒木寅三郎による。2010年に建設当時の趣を残して大改装された。その後は、会議室、喫茶・食堂を備えた会館として再利用されている。1998年7月に、国の登録有形文化財に指定された。京都帝国大学内でも、旧来の西洋古典の建築様式に倣った建築物から、近代建築運動への転換点に位置する。
 南面して建つ。平面はL字型で東西の棟、南北の棟を組合せている。外観は、スパニッシュ・ミッション(スペイン南部アンダルシア地方で発祥し、アメリカ合衆国にもたらされたコロニアル様式で、18世紀以降のカトリックの修道院建築様式に因む)を基調にした。屋根は赤茶色のS字型スペイン瓦で葺かれている。外壁は白く、2階に茶色の縁取りがあるアーチ窓が開く。正面入口に、曲線の付けられた半円のポーチ(玄関の外側に張り出した屋根付きの吹き抜き部分)がある。円みをもつ屋根もスペイン瓦で葺かれている。ポーチの支柱は、曲線とは対比的で鋭利なY字型(5本)・半Y字型(2本)の意匠であり、これは表現主義(20世紀初頭のドイツを中心に興った諸芸術の総合による芸術運動)の典型的な造形になっている。玄関入口に尖頭アーチが見られる。
 内部は無装飾の白壁、木製建具で構成されている。1階に事務室、大中小の食堂、談話室、2階に宿泊用個室、講堂などがある。
 施工は清水組による。鉄筋コンクリート造2階建、瓦葺寄棟屋根、建築面積715㎡。
 内装、家具のデザインは森谷延雄による。
◆楽友会館 楽友会館は、近代、1925年に京都帝国大学創立25周年記念事業として竣工した。同窓会館であり、建築に際して卒業生・教職員の寄付金が募られている。1945年まで、教職員・卒業生の会合場として利用された。
 戦後直後の1945年10日に、進駐軍により接収され、将校クラブとして利用される。1951年9月に、騒音問題に端を発し、隣接する京都大学吉田寮による「楽友会館返還運動」が起こる。1952年6月に大学側に返還された。 その後、一時は教室にも転用されている。
 1980年に新たに京大会館(左京区)が建設され、運営は一元化された。その後、2010年に会議室、喫茶・食堂を備えた会館として大改装され、再活用されている。


原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献・資料 ウェブサイト「京都大学楽友会館-京都大学」、ウェブサイト「文化財データベース-文化庁」、『京都の洋館』、『京都大事典』、『京都の近代化遺産 近代建築編』、『近代京都の名建築』、『京都市の近代化遺産』、『もうひとつの京都-モダニズム建築から見えてくるもの』、ウェブサイト「東文研アーカイブデータベース - 東京文化財研究所」、ウェブサイト「京都大学楽友会館 -近代建築運動と楽友会館 - 文化庁」、ウェブサイト「吉田寮百年物語 -京都大学新聞社2019年9月16日付」、ウェブサイト「コトバンク」


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