岸駒居住地 (京都市中京区)  
The ruins of residence of Gan, Ku
岸駒居住地 岸駒居住地
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「此辺畫家 岸駒居住地」の石標
 東洞院通丸太町下ル東側に「此辺畫家(このへん がか) 岸駒居住地(がんく きょじゅうち)」の石標が立つ。
 
この付近に、江戸時代中期-後期の画家・岸駒の住居があった。
◆歴史年表 江戸時代中-後期、この地に画家・岸駒(がんく、1749/1756-1838)が住した。
 近代、1930年、竹間教育会により石標が立てられている。
◆岸駒 江戸時代中-後期の画家・岸駒(がんく、1749/1756-1838)。佐伯、号は蘭斎など。加賀金沢の生まれ。金沢の紺屋で加賀染に従事した。狩野派を学ぶ。1780年、京都に上り、蘭斎と号した。1784年、有栖川宮家の侍臣になる。1790年、禁裡造営の際に、円山応挙らと障壁画の御用を務めた。のち宮廷に仕え.
。1809年、加賀金沢藩主前田家12代・前田斉広の招きにより、子・岱 (たい)と金沢城の障壁画を制作した。1836年、越前守に上る。蔵人所衆、従五位下。晩年は洛北岩倉の天開窟に隠棲した。
 明清画、清の沈南蘋(しんなんぴん)の花鳥画、狩野派、円山派、洋風画にも学び、独自の写生的画風を完成した。鳥獣、虎を得意にした。四条派に対抗し、岸派の祖になる。作品に「虎に波図屏風」など。門人は多く、子・岸岱、養子・岸良、義子・岸連山、河村文鳳、横山華山、岸竹堂、望月玉川、白井華陽らがいる。
 墓は本禅寺(上京区)にある。
 

原則として年号は西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
参考文献 ウェブサイト「京都市 京都のいしぶみデータベース」、『京都大事典』、ウェブサイト「コトバンク」


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map 岸駒居住地 〒 604-0823 京都市中京区竹屋町 ,東洞院通丸太町下ル東側
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