中道寺 (京都市右京区京北)
Chudo-ji Temple
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本堂




風鐸

 京北町上中の田園地帯、山腹を背にして中道寺(ちゅうどうじ)がある。平安時代、鎌倉時代の仏像で知られる。山号は南光山という。 
 真言宗大覚寺派。本尊は阿弥陀如来を安置する。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 奈良時代、751年、勅願により創建されたという。八幡宮社の神宮寺として別当を務めた。(寺伝)
 江戸時代、1672年、嵯峨・大覚寺末寺になる。中道寺に寺号を改めた。
 近代、1868年以降、神仏分離令後の廃仏毀釈により、八幡宮社の本地仏が当寺に遷される。
 1873年、焼失した。小堂は残る。
 その後、再建された。
 1937年、豪雪により堂舎が崩壊する。
 現代、1961年、真言宗御室派に属した。収蔵庫が完成する。
 1982年、現在の収蔵庫が再建された。
◆仏像 増長天立像(重文)は平安時代中期、10-11世紀(901-1100)の作、岩座に立ち右手を上げる。両手首は欠いている。一木造、襟下より背板状に割矧、内刳。当初は彩色されていた。像高157.6㎝。
 鎌倉時代中期作の阿弥陀如来坐像(市指定文化財)、薬師如来坐像(市指定文化財)、十一面観音坐像(市指定文化財)の3体があり、三尊として同時期に製作されたとみられている。当初は神仏習合期の八幡宮社の本地仏として安置されていた。近代、1868年の神仏分離令後の廃仏毀釈以降に、当寺に遷されたという。
 3体に共通するのは、一木造、素地仕上げ(頭髪、唇など一部に彩色、眼などは墨描)、簡素な衣文、色線のある円盤状(厚さ3㎝)の簡素な蓮弁ある台座、宝珠形の簡素な板光背を背負う。
 木造阿弥陀如来坐像(京都市指定・登録文化財)は、頭と胴を一木、横材の膝を矧ぎ寄せ、内刳りしていない。定印を結び、右足を上にした結跏趺坐、偏袒右肩(肩を肩脱ぎ)。榧の一木造、素木造。像高50.8㎝。
 木造薬師如来坐像も頭と胴の一木造、横材の膝を矧ぎ寄せ、内刳り、背板を当てる。右手は屈し手首は別置。左手は膝上にあり薬壺を載せる。右足上の結跏趺坐。偏袒右肩。像高52.7㎝。
 十一面観音坐像も内繰りはなく、右手は別置、左手は屈し水瓶を握る。右足上の結跏趺坐。上半身に条帛、天衣、下半身に腰布、裙。光背は桧材、蓮弁筋彫の頭光、外側に朱の火焔を描く。像高58.7㎝。
◆花暦 桜、イチョウ、楓がある。 
 

*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。
*参考文献 『京都府の地名』『京都市文化財ブックス第22集 杣の国-京北・文化財のしおり-』『京都府の歴史散歩 上』


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 中道寺 〒601-0532 京都市右京区京北上中町筒江口   0771-54-0737
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