白山神社 (京都市中京区)
Hakusan-jinja Shrine
白山神社 白山神社
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 白山神社(はくさん/はくざん じんじゃ)は、加賀国白山(白山市)との関わりが深い。 
 祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊 (いざなみのみこと)、菊理比売(くくりひめ)の三柱を祀る。旧村社。
 歯痛平癒、縁結びの信仰がある。神箸が授与される。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細不明。
 平安時代末期、治承年間(1177-1181)、加賀白山の僧徒が、京都で3基の神輿による強訴(ごうそ)を行った。だが、願いは聞き入れられず、そのまま神輿を捨てて帰郷したという。その1基を当地に祀ったことから「白山神社」と称されたという。かつて、日吉大社の末社だったともいう。
 その後、幾度か焼失している。一時は広大な境内を有していたという。
 中世(鎌倉時代-室町時代)、祇園感神院(八坂神社)に属したという。
 江戸時代中期、第117代・後桜町天皇(1740-1813)は歯痛で悩み、白山神社の神箸により平癒したという。以後、歯痛平癒の信仰が広まる。
◆創建の伝承 平安時代末期、加賀国(石川県)・白山神社第八社で、平家武将が乱暴狼藉を働いたという。
 当時は神仏習合期であり、怒った僧徒らは加賀一の宮の神輿3基による、京都への強訴(ごうそ、神輿振り)を行った。神輿は内裏に押し寄せた。公卿は取り合わず、武士により排除された。僧徒らが逃げる途中の麸屋町通押小路辺りで、神輿の1基が動かなくなる。やむなく、そのまま神輿を放置して帰郷したという。当社は、その場所にあたり、その神輿が祀られたことに始まるという。
 神輿3基のうちの2基は、現在地の南の中白山町、下白山町に祀られた。また近くの下白山町の白山堂に祀られたという。1基は後に八坂神社(東山区)に遷されたともいう。下白山町にはいまも、白山宮が祀られているという。なお、南北の通りである付近の麩屋町(ふやちょう)通は、これに因み白山通とも呼ばれた。
 同様の話がある。平安時代、1176年、白山大衆が神輿を比叡山に振り上げた。1177年、比叡山の大衆ととともに都に神輿振し、後白河法皇(第77代)を困惑させたという。(『平家物語』)
◆建築 本殿、末社、社務所がある。
◆歯痛平癒 江戸時代中期、女帝の第117代・後桜町天皇(1740-1813)は歯痛で悩んでいた。女官が白山神社から持ち帰った神箸に神塩をつけると平癒したという。以後、社は歯痛平癒で知られるようになる。
 また、長寿箸もあり、赤ん坊の食べ初めに、箸に塩をつけて食べさせると無病息災になるともいう。
◆年間行事 例祭(5月19日)。


*年間行事は中止・日時・内容変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都のお寺神社 謎とき散歩』『京都・山城寺院神社大事典』『京都 歴史案内』『昭和京都名所図会 5 洛中』『京都の寺社505を歩く 上』『京都大事典』『京都のご利益手帖』


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本殿

本殿

狛犬

猿田彦大神、白菊大神、天満宮

右より猿田彦大神、白菊大神、天満宮
白山神社 〒604-0943 京都市中京区上白山町243,麩屋町(ふやちょう)通押小路下ル東側   075-222-0173
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