壇王法林寺(法林寺、だん王寺) (京都市左京区) 
Dannou-hourin-ji Temple

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三条門 




川端門(開運門)










燈籠、「主夜神霊前」と刻まれている。


「主夜神前」とある。


望西楼




望西楼
 鴨川に架かる三条大橋の東にある壇王法林寺(だんのう ほうりんじ)は、「法林寺」、「壇王」、「だん王さん」とも呼ばれている。 
 法林寺の「法」の字は、「水去る」と解釈され、鴨川の氾濫を消す呪力を持つ言葉として、鴨川沿いに建つ寺院名に多用された。正式には栴檀(せんだん)王院無上法林寺という。山号は朝陽山(ちょうようさん)という。
 浄土宗鎮西派。本尊は阿弥陀三尊像。
 洛陽四十八願所地蔵めぐり(京都四十八願寺)の第27番札所、札所本尊は袖取地蔵。
◆歴史年表 かつて天台宗の蓮華蔵寺(院)とも呼ばれ、聖護院蓮華蔵町(左京区)にあった。(寺伝、「坊目誌」)
 鎌倉時代、1268年、文永年間(1264-1275)とも、亀山院(第90代)が僧・望西楼了恵(ぼうせいろうりょうえ、道光)に勅し、現在地に移転したともいう。浄土宗の悟真寺(ごしんじ)と称したともいう。
 1272年、現在地に移転し、望西楼了恵が浄土宗の悟真寺と改めた。亀山天皇が帰依し、山号「朝陽山」を贈った。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により荒廃した。鴨川の氾濫被害により、一時、三条東洞院(中京区)に移り、数年を経ずして戻った。
 永禄年中(1558-1569)、焼失している。その後、廃絶したともいう。
 江戸時代、1611年、慶長年間(1596-1615)とも、浄土宗の僧・袋中(たいちゅう)が草庵を再興し、壇王法林寺(朝陽山梅壇王院無上法林寺とも)と寺号を改めた。(『都名所図会』)
 1619年、2世・團王(だんのう、団王)良仙により隆盛になり、阿弥陀堂(本堂)が建立された。町衆信者との信仰を深め、以後、法号に因み「壇王」「だんのうさん」と呼ばれる。
 寛文年間(1661-1673)、第112代・霊元天皇の命により、袖取地蔵は僧・宝山が洛外・六地蔵以外の48か寺の地蔵尊を選んだ洛陽四十八願所の霊場のひとつになる。
 1665年、『京羽二重』に記されている。
 1666年、霊元天皇の勅命により加茂川龍神(八大龍王)が勧請される。
 年代不詳、画家、書家の池大雅(1723-1776)が塔頭・清光院に寓居した。
 1750年、12世・良妙貞雅により現在の本堂が建立された。
 1762年、堂宇が修復される。寺が「京町鑑」に記されている。
 1788年、天明の大火を免れた。
 近代、1873年、塔頭・利生院が愛知県に移る。(『坊目誌』)
 現代、1998年、主夜神尊の御開帳法要が復活する。
◆望西楼了恵 鎌倉時代後期の僧・望西楼了恵(ぼうせいろう りょうえ、1251-1330/1331)。詳細不明。了慧道光(どうこう)。比叡山で顕密諸宗を学ぶ。良忠に師事、五条坊門に悟真寺を建立した。法然の語録『黒谷上人語燈録』を編纂し、法然、弁長、証空伝記を作成した。鎮西派確立に寄与し、浄土宗三条派の派祖。『選択集大綱鈔』を著す。
◆袋中
 室町時代-江戸時代の浄土宗の僧・袋中(たいちゅう、1552-1639)。良定(りょうじょう)、弁蓮社入観。磐城国に生まれた。父は佐藤定衡。14歳で陸奥・能満寺の存洞により出家、如来寺、専称寺、円通寺・名越檀林で浄土教学を学んだ。1577年、江戸・増上寺で浄土宗白旗派に学び、1581年、故郷の成徳寺13世。1599年、平城主・岩城貞隆の帰依により城内に称名道場を開く。1603年、入明を試み上陸を許されず、琉球に漂着した。琉球・尚寧王の帰依を得て、城外に桂林寺を開く。1606年、京都・檀王法林寺を再興、1619年、氷室谷、東山五条(菊ヶ谷)に袋中菴を建立した。奈良・念仏寺など20余寺を建立したという。1637年、京都・南山城の西方寺に移り亡くなる。『琉球神道記』『琉球往生』などを著した。
 袋中生誕の霊異として、母の口中に月輪が入り、胎内揺動し身ごもったという。
◆仏像・木像 本堂の本尊「阿弥陀如来坐像」(京都市指定文化財)は、平安時代の恵心僧都(942-1017)作ともいう。ただ、12世紀(1101-1200)前半作とみられる。平安時代、1114年に白河法皇(第72代)の御願により建立された蓮華蔵院に安置されていたという。定印、結跏趺坐、檜材の割矧造、漆塗、彫眼、衣は偏担右肩、定朝様。
 脇侍に「観音菩薩」、「勢至菩薩」を安置する。
 袋中上人坐像、團王上人坐像を安置する。
 楼門の下層四隅に四天王像を安置している。
◆主夜神 鎮守社の主夜神(しゅやじん)堂が祀られている。
 江戸時代、1603年、袋中が念仏を唱えていたところ、朱衣、青袍の主夜神が光明の中に現れ、「専修念仏の行者を擁護すべし」と告げたという。また、則秘符を授けたという。(「都名所図会」)。日本初見となる。
 江戸時代中期に、御開帳祭礼が始まり、民衆の信仰に広まった。太平洋戦争後に途絶え、1998年に復活した。
◆加茂川龍神 境内にある加茂川龍神は、別名、八大龍王尊と呼ばれている。日照り、水難を治める霊験があり、晴雨を司る神とされる。古来より、旱魃や水害などの天変地異が起こる原因は、鴨川の東に棲むという大蛇の仕業とされた。この大蛇を斬って成敗し、その霊を祀るという龍神信仰が生まれている。
 かつて、法林寺建立以前に、鴨川の大氾濫の際に、糺の社(下鴨神社)がこの地まで流されたという。以来、加茂大神宮が祀られた。
 また、江戸時代、1666年、相次ぐ鴨川の氾濫に対して、第112代・霊元天皇は勅令を発し、龍神が勧請され、加茂川龍神が境内の大銀杏の下に祀られたという。
◆エイサー 沖縄の伝統芸能のエイサー踊りと、1603年より3年間の袋中の琉球滞在には関わりがある。
 旧盆に祖先の霊を迎える儀式「臼太鼓」に、袋中により広まった浄土宗の念仏踊りが融合してエイサーに発展したともいう。エイサーの語源も、念仏歌に挟まれる囃子の一つ「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」に由るともいう。
◆招き猫 主夜神の使いであり、主夜神尊の銘を刻んだ招き猫は、江戸時代中期より作られた。当寺の黒色の「右手招き猫」は、寺社開運の招き猫としては最古のものとされる。
◆建築 「本堂」(京都指定文化財)は、江戸時代、1750年、12世・良妙により建立された。内陣に須弥壇、来迎柱、格天井、堂外にも彫刻が施されている。
 
「川端門(開運門)」(京都指定文化財)は、江戸時代、1766年に有栖川音仁の寄進による。
 「霊屋」2棟(京都指定文化財)がある。
◆文化財 かつて多くの屏風を寺宝としていたことから「屏風寺」と呼ばれていた。
 安土・桃山時代、17世紀の紙本金地著色「日吉山王祭礼図屏風」四曲一双(重文)(各168×370㎝)は、日吉山王祭阿津の御供の神事「榊の神事」「神輿渡御」を描く。金雲の中、日吉七社の7基の神輿が船に乗り琵琶湖を渡御する様が描かれている。狩野派の作と見られている。京都国立博物館保管。 
 鎌倉時代、1329年の紙本著色「熊野権現影向図」(重文)(京都国立博物館保管)、奈良時代、734年書写の紙本墨書「佛説七知経」(重文)(京都国立博物館保管)、江戸時代、1611年銘の琉球国王尚寧王真筆の賛画「袋中上人図像」。
 絹本著色「智光曼荼羅(異相本)」(116.8×55.7cm)は、江戸時代、1627年作。蓮華座上に阿弥陀三尊が前方に歩みだすように描かれている。下部に聖衆が来迎する。専修念仏集団の影響があるともいう。
 「琉球将来宝物」は、袋中が琉球国王尚寧王から贈られた30点の品々をいう。「司馬温公家訓螺鈿掛板」(京都府指定重要文化財)、「黒漆文字入螺鈿椅子」(京都府指定重要文化財)。
 「黒漆塗楼閣人物飾棚」(京都府指定重要文化財)は、中央で左右に三段に分かれた長形の飾棚で、象牙象嵌、蒔絵、朱漆による装飾がある。首里王府で使われていた食器棚ともいう。
 「朱漆塗垣松螺鈿卓」(京都府指定重要文化財)は、天板、中框の間に四面の格狭間、鰭四方より四脚の湾曲した獣脚が特徴になっている。装飾は薄貝による螺鈿、象牙が用いられている。
◆塔頭 塔頭の清光院には池大雅が寓居して画を学んだ。
 利生院は、近代、1873年に愛知に移る。
◆墓 望西楼了恵、袋中良定、團王良仙、江戸時代の書家の北向雲竹(1632-1703)、江戸時代の歌人・山口羅人(1699-1752)、江戸時代の歌人・平間長雅(1636-1710) 江戸時代の円山応挙の弟子、美人画の山口素絢(1759-1818)、勤王の志士で鷹司家家臣の高橋俊壽、塗師・清兵衛歴代などの墓がある。
◆樹木 クロガネモチ(区民の誇りの木)、センダンがある。
◆年間行事 修正会(1月1日)、開山忌(1月21日)、御忌会(1月25日)、涅槃会(2月15日)、春の彼岸法要(3月)、灌仏会(4月8日)、だん王屏風まつり(4月上旬)、龍神法要(6月第1土曜)、沖縄慰霊祭(6月下旬)、原爆・戦争犠牲者追悼法要(8月6日)、みたままつり(8月12日)、みたまおくり(8月15日)、だん王地蔵供養(8月第4土曜日)、秋の彼岸法要(9月)、主夜神法要(法要、秘仏・主夜神開帳)(12月第1土曜日)成道会(12月8日)、仏名会・浄焚会(12月第3土曜日)、除夜法要(12月31日)。


*参考文献 『拝観の手引』『京都・山城寺院神社大事典』「特別展 南山城の寺社縁起」『京都古社寺辞典』『京都府の歴史散歩 中』『京都の寺社505を歩く 上』『事典 日本の名僧』『旧版 京のお地蔵さん』『極楽の本』『京都 神社と寺院の森』『週刊 日本の美をめぐる 46 遊びと祭りの屏風絵』


  三条大橋              九品寺       袋中菴      西寿寺      悟真寺      浄瑠璃寺(八幡市)      西方寺(京田辺市)            

「派祖望西楼」の石標

望西楼増長天

望西楼、持国天

望西楼、多目天

望西楼、広目天

望西楼

本堂(京都市指定文化財)

本堂

玄関、庫裏
鐘楼堂

加茂川龍神

加茂川龍神

南無阿弥陀仏の碑、袋中筆

鳥之供養塔

銀杏の大木、樹齢300年ともいう。現在は落雷に途中で斬られている。龍神様と呼ばれ、水害を防ぐ神木となっていた。授乳祈願の慣習もあった。

モチノキの大木
 壇王法林寺 〒606-8387 京都市左京区法林寺門前町36,川端三条大橋東入る  075-771-0870
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