地主神社 (京都市東山区)
Jisyu-jinja Shrine 

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総門



総門(重文)、人形祓い所




大国主命(おおくにぬしのみこと)、因幡の白兎を助けた。縁結びのご利益がある。
 大国主命は、兄たちに連れられ、八上比売(やかみひめ)に求婚するために因幡の国を訪れる。途中で皮を剥がされた兎に出会う。兄たちは兎に、海水を浴びて風に当たるようにと告げた。兎が助言に従うと傷は悪化してしまう。後で訪れた大国主命は、兎の怪我を治したため、兎は八上比売が大国主命を選ぶであろうと予言した。その予言通りに二人は結ばれた。また、大国主命には181人もの子があったという。
 清水寺本堂の北にある地主神社(じしゅ じんじゃ)は、かつて地主権現堂といわれた。清水、八坂一帯の産土神として崇敬された。縁結びの神として知られている。 
 祭神は、正殿に大国主命(大己貴命、おおなむらのみこと)、その父神・素盞鳴尊(すさのうのみこと)、母神・奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、奇稲田姫命の父神・足摩乳命(あしなずちのみこと)、その母神・手摩乳命(てなずちのみこと)の3代にわたる5柱を祀る。一説に坂上田村麻呂を祀るともいう。
 相殿に天児屋根命(あめこやねのみこと)、乙羽滝守護神、小童命(龍神)。芸能・長寿の神の大田大神、旅行安全、交通安全の神の乙羽竜神、智慧・才能の神の思兼大神などを祀る。
 1994年、ユネスコの世界文化遺産に登録された。
 縁結び・恋愛成就、技能上達、延命長寿、子授け・安産、交通安全、一願成就、家内安全、商売繁盛、開運招福などの信仰を集める。祓戸大神は心の穢れを払う。
◆歴史年表 奈良時代以前、清水寺の創建よりも前に祀られていた土地神とみられている。
 飛鳥時代、701年、地主神社本殿が建造されたという。(社伝)
 また、奈良時代、778年、清水寺開創の際に、土地の守護神、地主神を祀る鎮守社として創建されたともいう。地主権現とは、延鎮と共に清水寺伽藍を建立した坂上田村麻呂を指すともいう。
 平安時代、797年、坂上田村麻呂が征夷大将軍に任命された際に、太刀一振りを奉納したという。(社伝)
 970年、祭礼は第64代・円融天皇により臨時祭になり、後に永代の例大祭「地主祭」になる。
 1082年、第72代・白河天皇が17日間滞在したという。
 中世(鎌倉時代-室町時代)以来、桜の名所として知られた。
 安土・桃山時代、豊臣秀吉(1536/1537-1598)が境内で花見の宴を催したという。(社伝)
 出雲阿国(1572?-?)が歌舞伎を奉納したという。(社伝)
 江戸時代、1633年、3代将軍・徳川家光により現在の社殿が再建された。
 近代、1869年、神仏分離令後、清水寺から独立した。地主権現社から地主大明神と改めた。清水寺音羽の滝上に祀られていた滝宮が相殿に遷される。
 その後、地主神社と改称している。
 現代、1966年、本殿、拝殿、総門が重要文化財に指定される。
 1993年、境内全体が重要文化財に指定される。
 1994年、ユネスコの世界文化遺産に登録された。
 2008年、現在の地主桜が植えられる。
◆坂上田村麻呂 平安時代初期の武将・坂上田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ、758-811)。渡来系東漢(やまとのあや)氏といわれる。父は大和の苅田麻呂。780年、近衛将監以来、791年、征東副使、795年、近衛少将・木工寮の木工頭、796年、陸奥守、鎮守将軍となる。797年、征夷大将軍として東北経営、平定にかかわる。798年、清水寺に仏殿を造る。802年、造胆沢城使の時、蝦夷の族長・阿弖流為、 盤具母礼らが投降する。結果として二人は処刑される。804年、再び征夷大将軍に任じられた。第51代・平城上皇と第52代・嵯峨天皇とが対立した810年、平城太上天皇の変(薬子の変)では、上皇の東国行きを止めた。参議、中納言、正三位大納言まで昇る。
◆建築 本殿(重文)、拝殿(重文)、総門(重文)は江戸時代、寛永年間(1624-1644)、1631年とも、3代将軍・徳川家光により再建されている。
 「本殿」(重文)は、奈良時代の双堂(ならびどう)という古い建築様式による。入母屋造と権現造の様式を兼ねている。檜皮葺。社殿内部は極彩色に彩られ、これらは平安時代、桃山文化の影響もある。内部は外陣、内陣ともに山形天井になっており、社殿本殿としては極めて珍しいものという。装飾金具は金箔、極彩色、円柱には金襴巻文様が施されている。桁行5間、梁行3間、入母屋造、檜皮葺。
 「拝殿」(重文)は舞台造、天井は鏡天井で、狩野元信の丸龍(八方睨みの龍)が描かれている。桁行3間、梁行3間、入母屋造、檜皮葺。
 「総門」(重文)は棟門であり、正面から見ると柱は鳥居形になっている。菊華文の軒丸瓦がある。切妻造、桟瓦葺。
 なお、本殿の真南に清水寺の本堂が位置しており、清水寺本堂で参拝すると当社本殿を拝することになる。
◆文化財 拝殿の天井に描かれている丸龍という龍図は、狩野元信(1476?- 1559)筆の「水飲み天井龍(八方睨みの龍)」とされてる。逸話がある。龍は夜毎に絵を抜け出し、音羽の滝の水を飲みに行っていたという。都の東を守る青龍とされている。
 相殿に祀られている滝宮は、かつて清水寺の音羽の滝の上にあり、近代、1868年に遷されている。
 坂上田村麻呂(758-811)が東征に用いたという長剣が伝えられている。柄部分に膝を抱えた猿の彫刻が施されている。
 「石笛」は、古代祭祀具とみられている。近年、雅楽により古代の音が再現された。
◆恋占いの石 縄文時代より伝わるという境内の二つの「恋占いの石」(砂岩)の間(10m/14mとも)を、目を閉じてうまく辿り着くことができると恋が成就するといわれている。一度で成功すると成就は早いとされる。人の援助により辿り着くと、成就にも人の手助けが必要になるという。
 室町時代末期の『清水寺参詣曼荼羅』、江戸時代の『出来斎京土産』にもこの石について描かれている。石は縄文時代の遺物という。二石は東西方向に置かれており、春分、秋分には、二石の直線状に太陽が昇り、沈む。
◆千日回峯行 比叡山延暦寺の千日回峯行者は、京都大廻りの際に当社に立ち寄り、地主権現を拝する習わしになっている。
◆文学 平安時代末期、後白河法皇編者の『梁塵秘抄』、鎌倉時代の勅選集『玉葉集』にも地主神社が取り上げられている。
◆桜 中世より「地主の桜」として桜の名所としても知られた。社伝では、桜の下で嵯峨天皇と坂上田村麻呂が会い、平安京の無事が保たれたという。
 室町時代、桜の木の下で法楽連歌会が催されていた。宗祇による『閑吟集』、世阿弥作の謡曲「田村」「熊野(ゆや)」、謡曲「熊野」、『梁塵秘抄』にも記されている。
 現在、2008年に佐野藤右衛門により植えられた地主桜(4月下旬開花)がある。一重と八重の花弁が同時に花開く珍しい品種で、別名を「御車(みくるま)返しの桜」という。平安時代、811年、第52代・嵯峨天皇が桜花のあまりの美しさに、三度も車を戻して眺めたことからこの名が付けられたという。
◆祭礼 かつての祭礼では神輿渡御があり、清水坂の経書堂が御旅所になっていたという。
◆年間行事 元旦祭(1月1日)、初大国祭(1月1日-3日)、成人祭(1月第2月曜日)、節分祭(2月3日)、さくら祭り(4月第3日曜日)、地主祭・例大祭・神幸祭(5月5日)、夏越しの大祓祭(6月30日)、七夕祭(7月7日)、敬老祭(9月第3日曜日)、もみじ祭(11月23日)、しまい大国祭(12月第一日曜日)、大祓祭(12月31日)など。
 えんむすび地主祭(毎月第一日曜日)。


*年間行事は中止、日時変更の場合があります。
*参考文献 『京都地主神社恋のお告げ』『京都・山城寺院神社大事典』『京都大事典』『京都ご利益徹底ガイド』『京都・美のこころ』『週刊 古寺名刹巡礼の旅 東山ふもと道京都』『京都のご利益手帖』『京のしあわせめぐり55』『京都の自然ふしぎ見聞録』『京都 神社と寺院の森』


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因幡の白兎



本殿(重文)


祓戸(はらえど)大神、厄除大国の手にある水晶玉に指を触れて祈願する。厄除開運・活力の神。

人形祓(ひとがたはらい)、人形の紙に息をかけて身代わりに水に流す。身に付いた悪運、悪縁、病が取払われるという。心身を清めて生きる力も再生するという。

祓戸(はらえど)大神

拝殿(重文)

拝殿

拝殿の龍図

拝殿

栗光稲荷大神、2004年に社殿が修復された。

栗光稲荷大神、商売繁盛、家内安全、開運招福。初午祭が執り行われる。


契り糸、女性は紅色の契り糸に、男性は白色の契り糸に自らの名前を書き、紅白合せて大国様に結びつけると縁結び祈願になるという。良縁を望む女性は、紅色に名前を、白色に願い事を書いて合せて結びつける。



幸福祈願所、銅鑼(ドラ)を三度叩き、縁結び、幸福祈願する。音の余韻が長いほど願い事が届きやすいという。

撫で大国さん、大国さんを撫でると請願成就する。良縁、受験必勝、安産、商売繁盛、長寿、芸事上達。


おかげ明神、どんな願い事も一つだけ成就する。女性の守り神という。後ろのご神木の杉は、「いのり杉」「のろい杉」といわれ、かつて丑の刻まいりに使われたという。木にはいまも五寸釘の跡があるという。

水かけ地蔵、地蔵に水をかけて願い事をする。長年、境内の土中にあり、近年見つかったという。

水かけ地蔵


恋占いの石、縄文時代の遺物という。



地主桜、一重と八重の花弁が同時に花開く

地主桜
「地主の桜は散るか散らぬか見たか水汲散るやら散らぬやら嵐こそ知れ」(閑吟集)
「地主からは 木の間の花の 都かな」(季吟)、「京中へ 地主の桜や 飛胡蝶」(其角)

白川女
地主神社 グーグルマッブ・ストリートビュー
 地主神社 〒605-0862 京都市東山区清水1丁目  075-541-2097  9:00-17:00

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