正法寺 (京都市西京区)
Shobo-ji Temple

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参道、社家川に架かる極楽橋








山門








本堂


本堂
 丘陵地の大原野は平安時代以来、皇族、公卿の遊猟地として知られていた。 
 小塩山麓の正法寺 (しょうぼうじ)は、大原野神社の向いに位置している。古くから「西山大師」「西山のお大師さま」と親しまれた。巨石の庭園があることから「石の寺」ともいわれる。山号は法寿山(ほうじゅざん)という。
 真言宗東寺派別格本山。本尊は聖観音。
 西国薬師第41番霊場(西国薬師四十九霊場めぐり)。洛西観音霊場番外札所、札所本尊は三面千手観音。大黒天(大原野大黒天)は京都大黒御利益巡り(京都六大黒天霊場)第3番札所、福寿無量の信仰がある。
◆歴史年表 創建、変遷の詳細は不明。
 奈良時代、天平年間(729-749)、この地は、鑑真の高弟・智威大徳の隠棲地であり、修行の場だったという。大徳は薬師如来を祀り、春日禅坊(春日明神祠の前身)と称したという。
 754年、天平・勝宝年間(749-757)、791年とも、最澄(767-822)は智威大徳のために寺を開き、「大原寺(後の大原院勝持寺)」と称したという。その子院49院のひとつに正法寺があった。
 平安時代、815年、弘仁年間(810-824)とも、空海(774-835)はこの地を訪れ、42歳の厄除けに聖観音を自ら刻んだという。
 室町時代、応仁・文明の乱(1467-1477)により焼失した。
 安土・桃山時代-江戸時代、慶長年中(1596-1615)、1615年とも、慧雲は槙尾の僧坊を興し住職になった。弟子の長円律師(微円?)を伴い、智威大徳の旧地に法寿山正法寺と名づけ、真言密教、天台兼学の道場とした。
 また、慶長年間(1596-1614)、微円により復興されたという。
 また、江戸時代、1615年、恵雲、微円の両律師により再興され、正法寺と称されたともいう。
 元禄年間(1688-1703)、3代将軍・徳川家光側室、5代将軍・綱吉の生母・桂昌院(1627-1705)の帰依を受ける。以後、徳川家の祈願所になる。
 現代、1984年、春日稲荷明神が再建される。
 2013年、境内近くに京都第二外環状道路が開通した。
◆智威大徳  奈良時代の僧・智威大徳(生没年不詳)。詳細は不明。鑑真和上の高弟。754年、鑑真とともに唐より来日した高僧60余人のひとり。金剛智三蔵の真言秘密法を日課と行じ、天台の修禅を怠ることがなかったという。
 空海は智威大徳を崇拝し、811年、乙訓寺の寺務長に任じられると、毎日のように寺を訪れたという。
◆寥海 江戸時代前期の僧・寥海(りょうかい、?-1611)。和泉に生まれた。法華宗から仏教の退廃を嫌い丹波山中に棲む。明忍に出合い、戒律の復興を願い大和・西大寺でともに学ぶ。1602年、高山寺で受戒。西明寺に住した。慧雲蓼海とも称された。
◆微円 江戸時代の僧・微円(生没年不詳)。詳細は不明。戒律の復興者。槇尾西明寺に住した。律師。
◆恵雲 江戸時代の僧・恵雲 (えうん、生没年不詳)。詳細不明。律師。
◆仏像 本堂本尊の「聖観音菩薩」は、南北朝時代、「貞和二年」(1346)の銘がある。平安時代初期、弘仁年間(810-824)、弘法大師42歳の作との伝承もある。美しい表情をしている。厄難消除の信仰がある。寄木造、漆箔、彫眼。
 本堂内陣正面に安置の木造、「三面千手観世音菩薩立像」(260㎝/181㎝)(重文)は、鎌倉時代初期の作になる。顔三面と頭上に23面の化仏(けぶつ、頭上仏形)が付く。人々の救済のためにあらゆる面に目を配り、過去と未来にも配慮し手を差しのべるという意味を持つ。かつて九品寺(園部町)に安置されていた。洛西観音霊場番外札所本尊になっている。木造、漆箔、玉眼。
 本堂左に「薬師如来」が安置されている。開山智威大徳により安置されたという。西国薬師第41番霊場(西国薬師四十九霊場めぐり)の本尊になる。
 本堂に南北朝時代の貞和年間(1345-1349)作の「延命地蔵菩薩」も安置されている。 
 春日不動尊に、「春日不動明王」、室町時代の「愛染明王坐像」が安置されている。夫婦和合、縁結びなどの信仰がある。
 宝生殿の「大黒天」(95㎝)は、江戸時代作になる。一刻も早く福を授けようと足が動いているように見えることから、「走り大黒」と呼ばれている。京都六大黒天のひとつ。木造、彩色。 
◆春日稲荷明神伝承 境内に祀られている春日稲荷明神にまつわる伝承が残されている。稲荷神の称号は、智威大徳の春日禅坊に由来し、最古の稲荷神という。
 晩年の智威は文殊菩薩の三昧境に入り、禅坊から出ることはなかった。老翁一人が仕え、身の回りの世話を焼く。また翁に白狐が従った。人々は智威を文殊菩薩の化身と崇め、老翁を神使として畏れた。智威が死を悟ると、禅坊奥の石窟で坐禅に入る。翁は姿を消し、白狐が石窟の前に控えた。人々が詣ると良香が漂ったことから、小祠を建て「狐王社」として祀った。
 空海が東寺に入った際に、再び老翁が稲を荷って現れ、以来、永く寺を護り奉仕した。空海は翁を菩薩として迎え、伏見稲荷明神として祀る。その後、狐王社は荒廃する。
 江戸時代、蓼海は智威を追慕し、観行7日目の結願に老翁が現れる。翁は稲を荷い、三女三子を供とした。翁は、稲荷明神と名乗り、当地がかつて智威と契りを交わした本拠地であるという。翁が手招くと老白狐が現れ地面に伏す。翁が稲を慧雲に投げると、文殊菩薩に変化し白狐に乗った。三女三子も菩薩一族に変わり小白狐に乗り飛ぶ。慧雲が座を立ち、指を鳴らすとそれらの姿は消えた。
 慧雲はこのことを秘匿したが、人々は争うようにして参拝した。慧雲は慶長年中(1596-1615)に、この智威旧跡に真言密教、天台の道場を開いたという。(慈雲『春日稲荷縁起』)。
◆建築 「遍照塔」は、近代、1908年に当初は高台寺に建てられた。日露戦争従軍の戦病死者慰霊のための忠魂堂だった。2007年に移築される。大山巌揮毫の扁額が掛る。設計施工は亀岡末吉であり、伝統的な建築を手がけた最初になる。鎌倉時代の絵様、繰形などが見られる。六角形平面で上下二層、宝形造、当初は檜皮葺、現在はチタン葺。
◆庭 宝生殿の前庭「宝生苑」(1万7000㎡)は、池泉もあり、南の観音滝からの流れは手前の池に注ぐ。その奥に枯山水式、池泉観賞式庭園が広がる。東に東山連峰を望む借景庭園になる。北(左)より音羽山(583m)、千頭岳(602m)、稲荷山(233m)、醍醐山(450m)、岩間山(443m)などの山々が連なる。南に伏見城も望める。
 大小5つの島があり、白砂に鳥獣の形をした石が全国より集められ「鳥獣の石庭」、「石の寺」ともいわれている。これらは、戦後に吉川住職、信者により集められた。総重量は200tにもなり、戦死者慰霊のために寄贈されたものという。大小の石は象、羊、ペンギン、栗鼠(くりねずみ)、蛇、梟(ふくろう)、浜千鳥、子獅子、獅子、犬、亀、ふく蛙、鸚鵡(おうむ)、土竜(もぐら)、兎(うさぎ)、蛙など16個、15種の動物に見立てられ据えられている。
 庭内に紅枝垂桜の古木がある。
◆文化財 鎌倉時代初期の「両界曼荼羅」、徳川氏関係文書がある。
 書院大広間に現代の日本画家・西井佐和子(1947-2000)の襖絵「西山賛歌」41面がある。小塩山、ポンポン山など西山の四季の風景と草花が丹念に描かれている。氏は大原野に生まれ、日本画専門学校に学ぶ。創画会に参加した。病をおして最後の17枚を書き終えた3日後に亡くなる。襖絵が遺作になった。
◆花暦 桜、紅枝垂桜、皐月、躑躅、楓がある。
◆景観 宝生殿南に千原池が広がる。かつて屈指の景観を誇った。その後、京都第二外環状道路により、木蔽う風景は失われた。
 大枝から久御山を結ぶ4車線自動車専用道路(総延長15.7km)は、通称を「にそと」という。道路は境内南に貫通する。境内の南部分は地下化(トンネル)することになり、2013年に完成した。
◆年間行事 初護摩祈願厳修・甘酒接待、初詣(12月31日除夜-1月1日)、節分厄除開運祈願祭・小豆がゆ、笹酒接待(2月3日)、春季彼岸法要(3月彼岸中日)、花まつり・琴演奏(4月上旬)、四国88ヵ所霊場巡拝(5月下旬)、盆施餓鬼・千燈供養法要(8月盆過ぎ土曜日)、精霊流し(8月最終土曜日-日曜日)、秋季彼岸法要(9月彼岸中日)、紅葉まつり・琴演奏・寺宝公開(11月中旬)。
 不動護摩供養修行(毎月8日)、弘法大師おつとめ(毎月21日)。


*年間行事は中止、日時変更の場合があります。
*年号は原則として西暦を、近代以前の月日は旧暦を使用しています。

*参考文献 『京都・山城寺院神社大事典』『昭和京都名所図会 6 洛南』『京都おとくに歴史を歩く』『京都の近代化遺産』『稲荷信仰と宗教民俗』『京都御朱印を求めて歩く札所めぐりガイド』『京の福神めぐり』『仏像めぐりの旅 5 京都 洛北・洛西・洛南』


  関連・周辺       周辺金蔵寺       関連高山寺      関連西明寺       関連東寺(教王護国寺)       周辺大原野神社           

宝生殿

走り大黒天

走り大黒、一刻も早く人々に福を授けようとしており、足が動いているように見えるという。京都六大黒天のひとつ。


大手水鉢

庭園


庭園

庭園、栗鼠

庭園、ふく蛙(左)、亀(右の小岩)

宝生殿南の千原池

襖絵「西山賛歌」41枚、日本画家・西井佐和子(1947-2000)により描かれた。

水子地蔵尊

春日不動尊の石標

不動堂

不動堂

不動堂

不動堂の西に祀られている。


遍照堂、近代、明治期の建物で高台寺より移築された。 



春日稲荷社、祭神は茶吉尼天を祀る。寺鎮守、福神稲荷、白狐伝承がある。商売繁盛、福徳授与などの信仰がある。

春日稲荷社

春日稲荷社



参道、社家川に架かる極楽橋

【参照】境内西の小塩山、社家川
正法寺 グーグルマッブ・ストリートビュー
 正法寺 〒610-1153 京都市西京区大原野春日町1102   075-331-0105  9:00-17:00

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